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京都大学基金

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Vol.2

三井住友フィナンシャルグループ
取締役会長 奥 正之さん
OKU MASAYUKI 京都大学法学部卒業後、住友銀行に入行。シカゴ支店長、国際統括部長、企画部長、三井住友銀行専務取締役、副 頭取、頭取などを経て三井住友フィナンシャルグループ会長に就任。全国銀行協会会長なども務めた。2011 年より日本経済団体連合会副会長。京都大学監事、京都大学「鼎会」会長。米国ミシガン・ロースクール修了。
【略歴】
1968 年 4 月 株式会社住友銀行入行
1994 年 6 月 同取締役
2001 年 1 月 同専務取締役
2001 年 4 月 株式会社三井住友銀行専務取締役
2002 年12 月 株式会社三井住友フィナンシャルグループ専務取締役
2003 年 6 月 株式会社三井住友銀行副頭取
2005 年 6 月 株式会社三井住友銀行頭取兼最高執行役員
2011 年 4 月 株式会社三井住友フィナンシャルグループ取締役会長(現職)
京都大学法学部卒業後、住友銀行に入行、さくら銀行との合併準備事務局長を経て統合後の三井住友銀行二代目頭取に就任、現在は持株会社三井住友フィナンシャルグループ取締役会長を務める奥 正之さん。銀行員人生の転機となった米国ロースクール留学も、原点は京大で出合った外書講読だった。京大生時代の思い出、今どんな思いで京都大学を見つめているかなどを伺った。
魅力ある町・京都、
身近な存在・京都大学での
有意義で刺激的な4年間


小学生から京都で育ち、お父様と2人のお兄様が京大出身ということで、ご自身も、京大に進学することを早くから意識されていたのでしょうか。

 家庭環境からして大学といえば京都大学であり、自分も行くものだと、ごく自然に考えていました。
 長野県上田市に生まれ、小学校 5 年の時に京都に移り住み、大学卒業までを過ごしたのですが、初めて京都を訪れたのは幼稚園の頃。一番上の兄が銀閣寺近くで下宿生活をしていたので、母に連れられ訪れたのです。「あの清水寺がある」「一寸法師が活躍した場所だ」。幼心に、昔話などで読んだ地名や人物が現実と結びつき、「京都は本当におもしろいところだ」と感激しました。ですから、京都に移った当初は、自転車でそこらじゅう走り回り、京大の前を通った時は、「ここが、あの!」と思ったものです。まだ小学生でしたから、京大が難関大学とは知らず、長ずるにつれて、プレッシャーが膨らんでいったのですが。

その後、中高一貫校から京大に進まれるわけですが、入学していかがでしたか。


 実は、1年目に進路について中途半端な気持ちで工学部を受験したものの失敗、2年目にやはり自分の性に合っているのは法学部であると志望を変更して無事に合格。受験の失敗など人生の一部に過ぎません。
 京大に入って驚いたのは、多士済々であること。中高生の人間関係は限られた範囲ですが、大学には全国各地から優秀な学生が集まります。考え方も行動形態も多様で、そういう仲間とのつきあいは刺激的であり、興味深く有意義な 4 年間を過ごしました。

法務留学への道を拓いた
外書講読ゼミ


自主ゼミを開催するなど、勉強熱心な学生だったそうですね。


 いえ、「そこそこ遊び、そこそこ学ぶ」学生でしたよ(笑)。2 年目から入ったワンダーフォーゲル部で夏は登山、冬はスキーと忙しく過ごしたものです。
 3年生の時に外書講読の授業で、米国商法関連の『コマーシャル・ペーパー(CP)』を読み込みました。川又良也助教授(当時)と一緒に飲み屋で議論を続けることも度々でした。一年間では読み切れなかったので、4年生になってからも先生に頼んでご指導を続けていただきました。この時の経験が、私の銀行員人生の大きな転機となるとは、人生はわからないものです。
 住友銀行での入行4年目、当時、住銀は国際化戦略を進めていました。それを横で見ていて、『CP』や米国商法に関する『統一商事法典』など大学時代に読んだ本を思い出し、人事調書に「これからは国際法務に強いスタッフを養成する必要がある」と書き込んだのです。自分がやりたいということではなかったのですが、ある日突然、私に留学の辞令が出て、27歳から2年間、米国ロースクールで学びました。
 人生は出会いと選択の繰り返しです。もちろん自分の選択の結果に対しては、責任を持たなければなりませんが、大学時代の出会いと選択が今の自分につながっているわけですから、人生は明日が見えないからおもしろいと言えるのではないでしょうか。

「京大生は群れない」とよく言われますが、卒業後、学生時代の仲間との関係はいかかですか。

 教養部時代の法学部の同期生とは、今でも集まっています。私が頭取を辞したときも集まって慰労してくれました。“群れない”というのは、個々人が独立自尊の意識が強いからでしょうかね。私立大学出身者の団結力や実行力は、寄付集めなどでも大いに発揮されていると聞きます。私学出身者にはオーナー系の子息も多く、同窓生というつながりが商売に役立つ面も強いのでしょう。
 しかし考えてみれば、京都大学出身というだけで世間の大きな信頼を得、その恩恵を受けた経験を持つ人は多いはず。だからというわけではありませんが、同窓生はさまざまな形で後輩を応援し、支援してよいのではないでしょうか。

京都大学として団結し
さまざまな形のサポートを


最近の京都大学のニュースで、注目したことはありますか。


 2012年の山中伸弥教授に続き、2014年は京大出身の赤﨑勇先生がノーベル物理学賞を受 賞されましたね。日本のノーベル賞受賞者の中で京大出身・在勤者がもっとも多いことは、同窓生にとっても大きな誇りであり、励みです。
 また、2014年は在学生のプロ野球入団、陸上競技部選手の全日本インカレ800m1位、42大会ぶり全日本大学駅伝出場など、文武両道に優れた力が発揮されたことも、うれしい ニュースでした。
 特に研究においては、他大学出身者が京大で、あるいは京大出身者が他大学で成果を挙げるなど多様なケースが増えています。大学の「知」の流動性が高まっている時代の中で、京大出身者だけで集まるのではなく、多彩な人を抱える「知のセンター」京都大学、「Center of Excellence」としての京都大学のあるべき姿を考えていくべきでしょう。

京大全体としての取り組みに、同窓生はどんな関わり方をしていくべきだと思いますか。

 優秀な学生のさらなる成長のために、大学は多様な学びを用意し、サポート体制を充実させる必要がありますが、グローバル化、多様化の進む社会において、学生の学び方、チャレンジの方法もさまざまです。それに合わせて多彩なサポート方法があっていい。削減が続く運営交付金で対応できない部分を、京都大学基金を充実させてカバーする。京都大学基金を長期的に支援するのも、同窓生としてのひとつの関わり方です。
 一方、同窓生からもさまざまな要請がある。こんな人材がほしい、こんな研究をしてほしい、と。それらの声を大学がきちんと受信するためのダイアログの場づくりも必要ではないでしょうか。

ロースクール留学中に、主任教授と
グローバル時代に必要なのは
「世界地図の中で考える」こと


グローバル時代の中、本学は学生を積極的に海外に派遣をしています。奥会長自身、米国ロースクールへの留学は貴重な経験だったと振り返っておられますが、やはり若いうちに海外経験を積むべきだとお考えですか。

 大切なのは本人の意識であって、「制度をつくったから行きなさい」というのでは意味がありません。例えば外向き志向の学生が海外での学習・研究の機会を得たいという意志が先にあって、これを大学がサポートすることが本来です。
 私自身については、若い頃の留学経験は、その後の銀行員人生の土台となりました。頭取就任後、行員に「世界地図の中で考えて行動しなさい」と言い続けてきたのも、海外勤務において、世界地図の中で日本の立ち位置を考えて決断することの重要性を学んだからです。
 今、「ヒト・モノ・カネ・情報」の流れはめまぐるしく、経済学的、地政学的な動きが入り組み、価値観の異なる国々の市場経済参入によって、混乱が生じています。
 また、不確実・不安定・不透明という3つの「不」の時代でもあり、最近では複雑の「ふ」も加わって、混沌の様相を呈しています。そんな今の時代を生き残るには、ことの本質を見抜く力と国際感覚はますます不可欠になります。

京都で学ぶメリットを生かし
知とタフさを身につけよう


山極総長は「WINDOW」構想を立ち上げ、京都大学が育成すべき人材像などを示しています。3つの「不」+「ふ」の時代、京大生には何が必要だと考えますか。

 すばり「知」と「wildness」です。タフさがないと複雑な時代は生き抜けません。また、「物事の本質を考える力」は大学4年間で備わるものではなく、まずは幅広い視野、物の見方、柔軟な考え方を鍛えてほしいと思います。
 「風が吹けば桶屋が儲かる」という落語がありますが、この論理展開にも一つの真理があります。このボタンを押せば、どこがどう動く、という世の中の関連性を把握するには、基礎となる知識があった上で、広く柔軟な考え方で本質を捉えなければなりません。
 そのためには、やはり広義の“教養”が欠かせません。京都大学はあらためて教養教育に重きを置き、総合的人間力のある人材を育てることを目指しておられるとのことで期待しています。

最後に京大生へのメッセージをお願いします。

 京都で学ぶことのメリットを100%吸収してください。京都は長い歴史と伝統文化を持つ だけでなく、進取に富んだ気風があり、またinternationalな環境に恵まれています。意欲さえあれば多くを身につけられる土地。皆さん、失敗を恐れずとにかく行動を起こし、楽観的に何にでもチャレンジしてほしい。
 同窓生がこんなことを言うのは、自分たちは充分できなかったから、「後輩たちよ、頼むぞ」という思いも込められているのです。

(取材日:2015年2月)