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Vol.7

卒業生からのメッセージ 「第11 回 京都大学ホームカミングデイ」特別企画

「働き方」を見つめ直し
 未来のキャリアを切り拓くために


昨年に続いて、「京大生のキャリアを考える」をテーマにした卒業生と在学生の交流イベントを、2016年11月5日のホームカミングデイ当日に開催した。
多様なキャリアを持つ卒業生による講演とパネルディスカッションを実施。それぞれが個性を発揮しながら、今に至る道をどう切り拓いてきたのかを伝えることで、参加した在学生や卒業まもない若人たちが、自身のこれからや今の仕事について考えるうえで新たな視座を得るきっかけにしてほしい。そんな思いのこもったメッセージが発信された。

第Ⅰ部 講演
「働き方」を考える
工場主導モデルから第三次産業中心モデルへ移行した今に求められる働き方、そのために必要な学びとは? インターネットを販売チャネルとするライフネット生命保険を、還暦になって立ち上げた出口治明会長が、「人、本、旅」の大切さなど持論を展開した。
ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長
出口 治明さん
DEGUCHI HARUAKI 1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部で経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。

第三次産業が経済を引っ張る日本で
働き方はどのような改革が必要か


 人間は誰しも向上心を持っているので、自分をとりまく世界に100%満足しながら働いている人はいないだろう。皆、何かしら不満を持ちながらも、自分一人ですべてを変えていくことはかなわない。
 では、今生きている世界をどのように理解し、何が嫌で、どこを変えたいと思うのか、そして、今の自分のポジションで何をすれば世界を変えることにつながるのか。出口治明氏は、それを考え実行し続けていくことが、人間が生きる意味であり働く意味であると言う。
 さて、今の日本はどんな状況にあるのだろうか。もっとも深刻なのは少子高齢化問題だろう。政府は、経済政策として「新3本の矢」を打ち出し、出生率1.8への回復、介護離職ゼロ、名目GDP600兆円達成を掲げているが、これらはすべて我々の「働き方」にかかわってくることである。
 今回、考えてみたいのは3点目だ。GDP600兆円という“強い経済”を実現するうえで注目すべきは「労働生産性」の向上である。
 現在、日本人の労働時間数はパート労働者などを除けば年間約2,000時間に及ぶ。これは25年間ほぼ変わっていないが、2013~2015年のGDP成長率は0.5%前後に留まっていることに注意する必要がある。
 一方、フランスやドイツは約1,400時間であるにもかかわらず、GDP成長率はこの3年間で1.5%以上を実現している。「長時間労働をしているのに生産性が上がっていない。それが根本的な問題なんです」。
 例えば、出版社に勤めるAさん、Bさんという編集者がいて、Aさんは朝8時から夜10時まで働くのに、Aさんがつくった本は売れない。Bさんは10時から夕方6時までの労働で、しょっちゅうベストセラーを出す。
 「皆さんが社長だったら、当然、Bさんを評価しますね。でも、工場ならどうでしょう」。
 これは、工場主導のビジネスモデルと、第三次産業のビジネスモデルの違いである。工場モデルなら労働時間数の増加が生産性の向上につながるが、第三次産業においては、労働時間数は生産性に直結しない。なぜなら、第三次産業は、発想やアイデア勝負の世界だからだ。
 そんな第三次産業が中心の社会で働くには、いかに発想力を磨くかが重要となる。「勉強以外に方法はありません。勉強とは、私は“人、本、旅”と言っています」。
 アメリカのベンチャー経営者は、約半数が外国人であるという調査結果がある。「異分野の能力が出会い、刺激を受けることでアイデアが湧いてくるのです。学生の皆さんは、いろいろな人と出会い、本を読み、旅に出かけ、見聞と経験を広めておいてください。それが今後の働き方に活きてきます」。

若い人が今すべきことは
真に考える力を身につけること


 出口氏は「極論すれば、仕事はどうでもいいもの」と言い切る。「仕事が人生のすべてだなんて、誤った認識を持っているから、思い切って仕事をすることができない。仕事が占める時間は3割に過ぎないのであって、家族や友人以上に大切なものはないことを忘れてはいけません」。
 それでも、誰しも豊かで楽しい生活をしたいと思う。「労働生産性を上げて、投票に行って良いリーダーを選び続けるしか方法はないのです」。
 最後に、出口氏は若者へのアドバイスとして「考える力」の大切さを訴えた。有効な方法として、古典を読み、思考プロセスを追体験することを勧めている。
 なぜ出口氏は「考える力」を強調するのか。世界が刻々と変化する中で、変化に適応できる人が生き残るのならば、何が起きても、その時々のデータやファクトをベースにロジックを組み立て、自分の頭で考えることが必要である。「適応力のある人」とはそれができる人を言うのだ。「自分の頭で考え、自分の言葉で表現するためだけに勉強する。ある物理学者の言葉ですが、これを皆さんに贈ります」。

 第Ⅱ部 パネルディスカッション
未来のキャリアのために
第Ⅱ部は京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授をファシリテーターに、4人の卒業生を迎えたパネルディスカッションを開催。転職や起業など多様なキャリアを積んできた各人が、これまでを振り返り、「悩むならやったほうがいい」「若いうちに難しいチャレンジをすべき」など、若人の未来のキャリアに向けてアドバイスを贈った。


 
ファシリテーター京都大学総合博物館 准教授
塩瀬 隆之さん
SHIOSE TAKAYUKI 1996年京都大学工学部卒業。1998年工学研究科修了。博士(工学)。京都大学総合博物館准教授、経済産業省産業技術環境局産業技術政策課技術戦略担当課長補佐を経て現職に復職(技術史担当)。中央教育審議会初等中等教育分科会「高等学校の数学・理科にわたる探究的科目の在り方に関する特別チーム」専門委員。岐阜市教育委員会教育創造会議審議委員。

パネリスト株式会社Box Japan 代表取締役社長
古市 克典さん
FURUICHI KATSUNORI 1985年京都大学経済学部卒業、NTT入社。PRTMマネジメントコンサルティング(現・PwCコンサルティング)パートナー、日本ベリサイン(現・シマンテック)代表取締役社長等を経て、2013年8月より現職。Boxのアジアパシフィックでの成長を指揮。ロンドン・ビジネス・スクールMBA。

パネリストマックスバリュ西日本株式会社 取締役
渡瀬 ひろみさん
WATASE HIROMI 1988年京都大学農学部卒業、株式会社リクルート入社。ブライダル情報誌「ゼクシィ」の生みの親。事業戦略および新規事業コンサルティング会社設立、ベンチャーキャピタル設立、上場企業代表取締役を経て、現在は上場企業を中心に複数社の経営に携わる。

パネリスト株式会社ロボ・ガレージ 代表取締役社長
高橋 智隆さん
TAKAHASHI TOMOTAKA 2003年京都大学工学部物理工学科卒業と同時にロボ・ガレージを創業し、京大学内入居ベンチャー第一号となる。代表作にロボット電話「ロボホン」、ロボット宇宙飛行士「キロボ」、デアゴスティーニ「週刊ロビ」、グランドキャニオン登頂「エボルタ」など。東京大学先端科学技術研究センター特任准教授、大阪電気通信大学客員教授。

パネリストローツェ株式会社 代表取締役社長
藤代 祥之さん
FUJISHIRO YOSHIYUKI 2003年工学部情報学科卒業、2006年情報学研究科修了。2005年有限会社メディアマックスジャパン(現・メディアマックスジャパン株式会社)入社。2006年ローツェに入社、ソフトウェアソリューション部長、専務取締役を経て、2015年5月より現職。
それぞれの“どん底”と“キャリアハイ”とは?
塩瀬 転職や起業など、さまざまなキャリアを経ておられる皆さんに、まずは、どん底とキャリアハイについてお聞きしたいと思います。古市さんはNTTから転職した後がどん底だったとおっしゃっていますが…。
古市 ロンドンのビジネススクールで同年代の社長などに出会い、自分ももっと早くチャレンジしようと刺激を受けました。それで、外資系企業に転職したものの、業績の悪化につれ、本社の締め付けが厳しくなり、自分で何も決めることができなくなってしまいました。
塩瀬 それから数社の転職を経て、今がキャリアハイだと。ここまでに来るのに、どんな工夫や努力をしてきたのでしょう。
古市 やるか、やらないか悩んだ時はやることにしてきました。やって失敗したとしても、うまくいかなかった理由がわかるから、必ず次につなげられるんですね。
塩瀬 渡瀬さんは、リクルートでブライダル事業の立ち上げにあたり、何度もつぶされたことがどん底、情報誌創刊にこぎつけたことをキャリアハイとされています。
渡瀬 ブライダル情報誌は、以前から市場が小さいという理由で却下され続けていました。でも、マーケット調査や業界ヒアリングをしたら、業界には大きな構造的課題があり、要望があることがわかったんです。新規事業のコンテストに落選しながらも粘りに粘って、創刊にこぎつけた時は感慨深かったです。
塩瀬 高橋さんは、就職試験不採用がどん底、明日以降がキャリアハイとされています。
高橋 昨日より今日、今日より明日と思っています。私の学生時代は、バブル崩壊後の就職難の時代でした。趣味だった釣り道具とスキー用品をつくっている会社に入りたかったのですが、不採用になりました。この話をいろいろなところでしていたら、数年前に、その会社から電話がかかってきたんです。
塩瀬 それで今、社外取締役をされている。おもしろいキャリアの一つですよね。藤代さんは就職前がどん底で、直近1年がキャリアハイ、と。
藤代 学部生の頃から京大生が興したベンチャー企業で働いていて、7年ほど同じ仕事をしていました。すると、徐々に自分の成長曲線が落ちてくるのがわかる。それがつらくて。
塩瀬 その後、半導体関係の会社に就職されました。
藤代 妻の父が経営する会社で、気がつくとレールの上に乗っていたわけですが、「若いうちにチャレンジする」ことは、つねに意識してきました。例えば、小学2 年生で習う九九を幼稚園で覚えると天才、小学2 年生だと普通の人、小学3 年生だと遅いと言われる。つまり、若い時に難しいチャレンジをすることが評価につながる。だから、チャンスを逃さないよう意識しています。
学生時代の自分、そして今の学生へのアドバイス
塩瀬 ご自身のキャリアを踏まえて、学生時代の自分や今の学生さんにアドバイスするとしたら何と言いますか。
古市 大企業を飛び出して右往左往してきたので、こんなキャリアを自分の子どもには勧めませんね。“ 運”に左右される部分が大きいですから。
皆さんに声を大にして言いたいのは、限界まで頑張ろうとしないように、ということです。いったん組織に属したら、簡単に逃げてはいけないと思う。でも、一時撤退はあり得ます。撤退も選択肢に入れ、新しいことにチャレンジすればいい。
渡瀬 入社当時、リクルートはベンチャーに毛が生えた程度の会社でしたが、私は10 年後が想像できないくらいのほうがおもしろいと思ったんです。想像できると消化試合のようになってしまいます。分かれ道では想像がつかないほうを選びなさい、と言いたい。
また、若いうちはがむしゃらにやってください。そうすると、周囲から信頼され、少し高いステージが用意されます。頑張るとまた次のステージがあらわれ、より難しいステージに挑戦することで強い自分がつくられていきます。
塩瀬 高橋さんは、学生時代からロボットの道を貫いておられます。
高橋 最初からロボットで名前を売っておけば、入社後もやりたい仕事ができると思って、在学時からロボットの開発を行っていました。就職を見据えての活動でしたが、結局、就職せずにベンチャーを興すことになりました。
今日は「働き方」がテーマですが、私自身、就職はしなくてもいいと思っています。組織に入ると順番待ちになるけれど、組織に属していなければ横入りすることも可能ですから。
藤代 2009年に新部署の部長を仰せつかり、しばらくしたら、今度はアメリカ子会社社長の打診があったのですが、全く余裕がなくて断ってしまいました。常々、チャンスが訪れた時は、熟慮の末ではなく、脊髄反射のように反応したいと思っていたのに、この時だけはあれこれ考えて断ってしまった。今でも後悔しています。過去の自分に、もっとポジティブにアグレッシブに選択するようにとアドバイスしたいですね。
未来の自分のために今しておきたいこと
塩瀬 最後に、働き方や今すべきことについてメッセージをお願いします。
古市 出口会長の話に「人、本、旅」とありましたが、勉強は社会人になっても続くもの。私が有効だったと思うのは、「講演を聴くこと」でした。講演後は必ず質問することにしていたので、的確な質問を考えたり、人前で話す訓練にもなる。何より、講演者との人間関係が築けることもある。皆さんもどんどん講演を聴きに出かけてください。
渡瀬 世の中の役に立つ仕事ができていると、今やっと思えます。それも、難しいことに挑戦して強さを培ってきたから。成功は約束できないけれど、成長は確実です。そして、この成長の積み重ねが成功への近道なんです。
高橋 最近いたるところで叫ばれている“イノベーション”を起こすには、人と違うことをするしかない。京大生といえども、イノベーションが起こせるのはごくわずか。その可能性を持った人が、組織にうもれて能力が発揮できないなんてもったいない。周囲から反対されても、自分の好きなこと、得意なことに対して、とことん取り組んでほしい。能力があってかつ図太さも兼ね備えている人は、ぜひイノベーターになってください。
藤代 自分の成長が止まってしまったら終わり。手強い敵が現れたほうがうれしい、くらいに思って、成長をし続けてほしいと思います。
塩瀬 今回、京都という場でこんなに良い話が聞けたのは、京大同窓生というつながりがあったからです。皆さんのキャリアを見習い、「母校に寄付するぞ」と思えるくらい大きく成長してほしいと思います。

(開催日:2016年11月)
 パネルディスカッション終了後、京都大学文書館の西山伸教授による「あの頃の京大―70 年代・80 年代―」と題した特別講演を開催しました。建物や授業の様子など、当時のさまざまなキャンパス風景が紹介されると、当時を懐かしむ声あり、物珍しげに眺める若い人たちあり…それぞれに京都大学の昔を振り返りました。



 懇親会では、講演者やパネリストたちを囲み、卒業生や在学生たちが和やかに懇談。卒業生たちが当時の写真や思い出を披露する企画もあり、参加者からは「先輩たちとのつながりを感じられて、京大で良かったと思える機会でした」、「若いうちからチャレンジすることの大切さを、改めて感じました」といった声が聞かれました。最後は、「京大らしい同窓生の連携のあり方を模索しつつ、交流を続けていきたい」という大学基金担当の徳賀副学長の挨拶で、イベントを締めくくりました。


(左)西山教授 (中・右)講師やパネリストを囲んで話が弾んでいる様子