京大生チャレンジコンテスト(SPEC:Student Projects for Enhancing Creativity)

食と農を取り戻すためのムーブメントを紹介

大きな世界に点在する、小さくても希望あふれる取り組みの数々を追い、紹介するショートムービーを作成
申請者:農学研究科博士後期課程1回生 山本 奈美

 日本の食と農の現状は、持続可能性という観点からすると、さまざまな困難に直面しています。
 食卓に並ぶ食材のかなりの部分を輸入に依存し、安定供給や食の安全性への懸念が高まる一方で、 日本各地の農山村では耕作放棄地が増加し、農業の存続が危ぶまれています。 また、大量生産・大量消費型の社会は、肥満や心身の疾患などの健康被害をもたらしています。

 こうした状況は世界も同様で、欧米諸国ではさらに深刻な様子が見えてきます。
 特にアメリカ大陸では、工業的農業大規模化・単一作物化が進み、 大きなフードシステムの中に食卓が組み込まれ、自ら口にする食べ物が、 どんな場所でどのようにつくられているのか、まったくわからない状況です。

 しかし、欧米では、こうした近代農業を取り巻く現状と弊害を指摘する気鋭のフード・ジャーナリストたちによる書籍がベストセラーとなり、市民の食問題への関心が高まっています。現在のフードシステムとは別の、 食と農のオルタナティブ(代案)をつくろうという動きが、広がり始めています。

 では、どのようなオルタナティブが模索されているのでしょうか。
 まず、小さな農業や家族農業が見直され、小規模農家を支援する機運の高まりがあります。 環境や健康に配慮したオーガニック農業が広がり、 各地で開催されるファーマーズマーケットで生産者から直接購入する消費者が増えました。 前払い制や農作業を手伝うことで農家を支える、 CSA(Community Supported Agriculture、地域を支える農業)という仕組みも普及してきています。 こうした新しい食農システムを求めた運動を総称して、 「フードムーブメント」と呼ばれるまでになっています。

 この運動は、環境に配慮した農業の推進にとどまりません。 生産者・消費者側の両サイドから農業のあり方や食べ方、流通の方法、 ひいては大規模生産に基づいた「暮らし方」を見直そうという機運にもつながっています。 「食と農のオルタナティブ構築」に取り組む動きは、Food Justice(食の正義)や Food Sovereignty(食料主権)といった思想の後押しも受けて、裾野を広げているのです。

 フードムーブメントを構成する取り組みは実に多彩ですが、 このムーブメントが興味深いのは、「Delicious(おいしさ)」と「Pleasure(喜び)」 を積み重ねることによる社会変革を求めた運動である、という点です。 食べるという行為は、人と人の関係づくりや幸せな暮らしのために欠かせないものです。 おいしくて環境にも健康にもいい食事が並ぶ食卓を、大切な家族や友人、 気の合う人々と囲む―― シンプルなことですが、現代社会では難しくなってきています。

 フードムーブメントは、食料生産のあり方だけを問うているのではありません。 「食」を基軸に、暮らしや働き方、家族のあり方などを巻き込んだ社会のあり方を問い直し、 新しい社会の構築をも見据えた取り組みです。壮大でアンビシャスですが、 Deliciousを積み上げPleasureを生み出し、食と農を取り戻す。そんな動きは世界のあちこちで、 多発的にわき起こってきています。

 本取り組みでは、こうした世界の動きを取材し、日本に紹介することを目的としています。 まずは顕著なムーブメントが起こっている地域、米国の西海岸を取材する予定です。 ドキュメンタリー作成の経験がある学生を募り、共同で取材してショートムービーを作成し、 それをツールとして活用します。日本版CSAともいえる産消提携運動が停滞傾向にある中、 食べることを中心にした「おいしくて喜び」に満ちた活動が、 日本社会における「食と農を取り戻す」動きにポジティブな影響をもたらすと考えています。