Vol.9 寄付者インタビュー

増田 幸央さん

MASUDA YUKIO 1941年静岡県生まれ。1964年京都大学法学部を卒業後、三菱商事入社。1996年取締役、1999年常務取締役、2001年代表取締役兼常務執行役員、2002年代表取締役兼副社長執行役員、2006年常任顧問、2008年顧問(2018年退任)。昭和シェル石油株式会社社外取締役、国際石油開発帝石社外取締役、東京瓦斯社外監査役、ブラザー工業独立諮問委員などを歴任。現在、公益財団法人がん研究会評議員会長。

ビジネスで必要なことは
"トライ"と"発言"
加えて海外では"日本の知識"も大切

 「海外で仕事がしたい」という一念で1964(昭和39)年に三菱商事へ就職した増田幸央氏だが、海外勤務が実現したのは40歳になってからだった。エネルギー事業畑を歩んできて、米国ロサンゼルスとニューヨークで通算10年半の海外駐在を経験し、それ以降、石油メジャーや産油国の国営石油会社との取引を担った。
 最初は英語で苦労したものの、どんな大企業であれ歯が立たないわけではないと感じたそうだ。
 「事業や取引の基本は変わらない。17年間の国内勤務で基本が築けていたからだと思います」。
 "日本のエネルギー安定供給のために貢献する"という気持ちで邁進した日々を「いい仕事人生だった」と振り返ることができるという。
 ビジネスで必要なこととして、増田氏は"トライ"と"発言"を挙げる。行動しなければ何も始まらないし、発言しなければ何も伝わらないからだ。
 さらに、海外で仕事するうえでは"日本の知識"も重要になる。日本人としてのバックグラウンドについて確固としたベースがなければ、異質の文化に翻弄されてしまう。
 海外勤務に加え、複数企業の社外役員を務めてきた増田氏は実感をこめて言う。
 「違う世界を見て自ら経験しなければ、世の中のことはわからない」。
 この実感から、「"痛み"や感動など、いろいろな経験をすることで、真の知識や知恵が身につく」というのが持論となった。

ヨット部で味わった大きな痛みが
その後の人生の指針となった

 持論の中で"痛み"を挙げるその理由は、京都大学ヨット部時代にまでさかのぼる。
 中学・高校と特定のスポーツをしておらず、大学から始めても引けを取らないという理由でヨット部に入部。当時の京大ヨット部はなかなかの強豪だった。
 増田氏は滋賀県大津市にある合宿所から大学までの定期券を購入し、練習漬けの毎日を送った。2・3 年の時、京大ヨット部は全日本インカレ(団体戦)で3 位になった。
 迎えた4 年生。対抗戦は連戦連勝、全日本インカレの近畿地区予選では1 位に僅差の2 位で通過し、「今年こそ全国制覇」と、OB からも大きな期待を集めていた。
 しかし。
 「予選1 回戦、キャプテンの私が接触によるルール違反で失格。続く副将も失格。予選敗退でした」。
 増田氏は丸坊主にして、OB 会で頭を下げた。
 大きな"痛み"であった。それでも、この失敗が人生の指針となった。あんな失敗は二度と繰り返すまいと、つねに謙虚、真摯、誠実であることを心がけることで、今の自分があるという。
 共に苦汁をなめた同期とは今も深い付き合いが続いており、これも大きな財産となっている。

人生の基礎をつくった京都大学へ
寄付でエールを贈る

 自由と自主性を重んじる京都大学で、やりたいことをやるだけでなく自分で責任を取る、それが"自由"の意味するところだと学んだ4年間。京都の町は学生に親切で多くの人に面倒をみてもらった。
 「ここで、私の人生の基礎がつくられたと思います」。
 だからこそ、今も京都大学のことを好ましく感じている。以前聴いた最新研究についての講演は非常におもしろく、「さすが京大」だと誇らしかったそうだ。「こういう卒業生は多いはずですから、積極的に情報発信してください」。
 現在、唯一務める公益財団法人がん研究会評議員の役割の一つは募金活動だ。その活動の中で、海外で活躍する若手起業家たちが多額の寄付をする姿に触発され、自らも母校への寄付を行っている。
 寄付者の立場から、「大学の現状と寄付の必要性、いただいた寄付の活用方法をしっかり報告することが大事」と考えている。

うちにこもらず海外に積極的に出かけ、
自ら経験をつかみ取ろう

 山極総長がよくメディアで「とにかくチャレンジしてみよう」と発言していることも、増田氏はうれしく感じている。
 現在、世界中で保護主義的な政策が強まり、ナショナリズムが台頭する現象が起きている。
 「もはや現在、海外と交わらずに生活は成り立ちません。必要なのは、自国の歴史や文化、価値観だけでなく、相手のそれらも認識しながら付き合いをしていくことです。そのためにも海外のことを知らないと」。
 増田氏は"スマホ依存"といえる状況にも危惧を抱いている。スマートフォンで調べて終わり、ではなく、それを咀嚼して自分の頭に落とし込み、人と対話し議論しコミュニケートすることで自分の知識や知恵が磨かれるのだから。
 「自ら行動し、外へ出かけいろいろな経験をすることで、真の知識、知恵を身につけ、決してぶれることのない自らの軸をつくってほしいと思います」。

(取材日:2018年7月)