Vol.16 寄付者インタビュー

SHIMIZU HIROSHI 1961年徳島県生まれ。1983年京都大学理学部卒業、同年日本生命保険入社。商品開発部長などを経て、2009年執行役員総合企画部長、2013年取締役常務執行役員、2016年取締役専務執行役員(資産運用部門統括、財務企画部担当)、2018年より現職。国内に約1,700人しかいない、統計学や確率論を基に保険の商品設計を担う専門職、アクチュアリー(保険計理人)の資格を持つ。


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Q どんな京都大学時代を過ごされましたか?

 授業にはそこそこ出席し、友人たちと毎日のように四方山話で盛り上がり、寺社仏閣を巡り、あらゆるジャンルの本を読み、気の向くままに楽しく過ごしました。
 自由で学生に自主独立を求める学風、その学風のもとで"好きなことをしたい"と全国から集う多種多才な学生たち。そんな京都大学で、「自分が何をしたいか」を考える大切な時間を過ごせたことは、人生にとって大きな財産となっています。意識的にも無意識的にも、自己形成に多大な影響を受けた一方で、実はちょっと"苦い"思いが残る4年間でもありました。

Q 苦い思いとは?

 自由のもとでは、「充実したリソースの中から、何のために何をどう学ぶか自分で考える」ことが必要であり、京大は非常に厳しい"大人"の姿勢が求められる場所だったのです。でも、私は自由を「好きなことだけ好きなように学べばいい」と勘違いしていた。数学の研究者になりたくて、数学の中の好きな分野だけ勉強していましたが、結局、大学院の入試に落ちてしまいました。広い基礎を築き専門を深化させる学びを、自分でつくり出すことができていなかったのです。
 また、高校時代はこつこつ勉強する"秀才タイプ"で、大学に入ってもなんとかなると思っていたものの、京大生の中には、地頭のいい"天才タイプ"の人がたくさんいる。高校までの勉強と大学の学問はまったく違うし、こんな天才たちにはいくら頑張ってもかなわない。自分が井の中の蛙であったことを思い知りました。挫折とまではいきませんが、自分の能力の位置づけを正しく自覚するというのは、これまた苦い経験でした。

Q そうした経験から、 どんな教訓を得たのでしょうか?

 何かを追究しようとすれば、幅広い知識や経験がなければならないこと。自分の能力を正しく理解したうえで、自分はどうすべきかを考えなければならないこと。この 2 点の教訓を得たわけですが、仕事人生における教訓にもなりました。
 今は若い人たちに「領空侵犯をしなさい」と言っています。自分に与えられた仕事、やるべき仕事だけにとどまっていてはいけない。自分の領空をあえて飛び越えて、ほかの部署や人がやっている仕事に興味を持つことで、知識や経験を広げ、おのれを知り、将来の成長につながることになるはずですから。

Q 数学科出身で、なぜ生命保険会社に入ろうと思ったのですか?

 大学院の入試に落ちてしまい、どうしようかと思いながら大学の事務室に行って卒業生名簿を見ると、定期的に先輩たちが生命保険会社に就職している。興味を持って早速話を聞きに行くと、生命保険会社には、数学的な知識を使って保険料を設定したり、将来の不確実性を予測したりするアクチュアリー(保険計理人)という仕事があることを知りました。大学院入試を終えてからの活動のため出遅れていたのですが、最初に面接いただいたニッセイに就職が決まり、入社後は、3年間でアクチュアリーの資格を取得しました。
 「ニッセイで初めての理系出身の社長」として取り上げていただくことも多いですが、理系であることをことさら意識したマネジメントはしていません。ただ、事象を1つずつ積み上げて全体の構造を理解しようとする思考傾向はあります。また、経営には"理屈"が重要だと考えていて、「論理的に正しいか」という視点で考えるようにしています。
 実際の事業においては、いろいろな事柄が有機的に関連し合っています。1つの課題に対応するには別の箇所にも目配りしつつ、総合的に判断していかなければなりませんから、つねに構造化して考える理系的思考は大いに活きています。

清水社長は1992~1994年、九州大学経済学部で教鞭をとっており、京都大学基金・同窓会担当の徳賀芳弘副学長(右)とは当時の同僚。「会社内の共通認識に基づいた言葉遣いや説明の仕方が通用しない学生の素朴な質問に対して、正しく適切に、わかりやすく説明することを通して、自分自身が鍛えられたし、貴重な経験だった」と清水社長

Q ご自身の学生時代を踏まえて京大生へ、また、創立125周年を
  迎える京都大学へのメッセージをお願いします。

 勉強をしなかった京大生は皆、思います。「もっと勉強しておけばよかった」と。とりわけ教養部の授業については、"教養の力"を認識していなかったことが悔やまれます。例えば、東洋哲学そのものが生命保険会社の仕事に直接結びつくものではありませんが、"思索"は自らの考えに幅広さや深さを与えてくれます。多彩なリベラルアーツに触れられる恵まれた環境で、多くのことを吸収してください。
 前述のとおり、京都大学には多種多才な学生が集まり、それぞれが好きなことに打ち込んでいる。これこそが京大の価値です。そういう人たちと関わり、対話や議論をする中で、自らの幅やレベルがアップしたり、何かをなすためのアイデアが生まれたりします。結果として、イノベーションが創出され、優れた人材が輩出される。成果の出方はさまざまな形があるでしょうが、京大には価値を守り、成果を出し続けられる大学であってほしいですね。

(取材日:2020年3月)