Vol.19 寄付者インタビュー

HIRANO NOBUYUKI 1951年岐阜県生まれ。1974年京都大学法学部卒業。同年三菱銀行入社。米国・欧州での海外勤務などを経て、2012年三菱東京UFJ銀行頭取、2013年三菱UFJフィナンシャル・グループ社長に就任。2019年より現職。
日本経済団体連合会副会長、日米経済協議会会長、三菱みらい育成財団理事長。


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Q どんな京都大学時代を過ごされましたか?

 母方の出身地であり、友人たちともよく遊びに行っていた京都には1200年の時を重ねた文化があり、知の砦である京都大学がある。「地」と「知」の両方への憧れから、早い時期から京大を目指していました。
 私が入学した1970年は学園紛争真っ只中で、1回生の時はほとんど大学に行かず、寺社仏閣巡りをしたり、西部講堂でヌーベルバーグの映画や唐十郎の状況劇場を観たり、課外生活を満喫しました。
 2回生になると社会学の作田啓一先生の予備ゼミに所属しました。『恥の文化再考』を高校時代に読んでいたので、「本物の作田啓一に教えてもらえるんだ!」と感動しましたね。
 3回生からの専門では民法の林良平ゼミに所属し、そのかたわらアナーキズム研究の勝田吉太郎、国際政治の高坂正堯両先生の課外演習にも参加。勝田先生の「自由と平等は相反する」という言葉や「強いことはよいことか」という高坂先生のストレートな問いかけは衝撃的でした。専門ゼミとその周囲のコミュニティでさまざまな学びを得る贅沢な4年間だったと思います。

Q 京都大学で学んでよかったと思うのはどんなことですか?

 本当は美学をやりたかったのですが、母に心配されてあえなく法学部に進学しました(笑)。最近は人気低落気味とも聞きますが、法は社会の基本。今米中対立が深刻化する中で話題になっている「Rule of Law(法の支配)」を知り、法学における実践的な思考のパターンを通して「複眼的な見方」を身につけたことが一番大きかったですね。
 例えば、利益衡量という概念は、法律の妥当な解釈のために対立する利益を比較することですが、法には演繹的な帰結があるわけではなく、ものごとを相対的に判断する「選択」が必要になります。新型コロナウイルス対策においてプライバシーを守るか公益を優先するかなど、現実社会においては選択を迫られる場面が多くあり、その際に複眼的な見方は欠かせません。
 一方で、後悔もあります。黒谷さん(金戒光明寺)の石段で散策中の湯川秀樹博士をお見かけして思わず頭を下げたことを思い出しますが、ノーベル賞受賞者たちが築いた自然科学があり、西田幾多郎に始まる京都学派の系譜を受け継ぐ方々も活躍していた。京都大学を代表する知の世界が身近にあり、至るところに「知の鉱脈」が埋まっていたのに、掘り起こそうとしなかったのですから。

Q 経済界から見た京都大学の価値とはどのようなものでしょうか?

 京都大学の本質は「既存のものや常識にとらわれないクリティカルシンキングと総合的な知の尊重」にあると思います。古都に蓄積された文化と、京都大学が発展させてきた健全な批判精神によって築かれた近代の知がうまく融合された結果なのでしょう。まさに、深くて幅広い知の集積こそ京都大学の価値です。
 以前、日立製作所の中西会長とお話しした時、日立京大ラボについて「東大とも共同研究を立ち上げているが、京大では"人間ゆえに抱える課題" といったより深いテーマに取り組んでもらう」とおっしゃっていました。これはビジネスから見た京大像を端的に表現しています。新型コロナウイルス対策しかり、SDGsにおいて経済発展と社会的格差や地球温暖化問題をどう両立させるかといった、人類とその発展に付きまとう正解のない問題を考えるには、知の総合力で立ち向かうしかありません。

Q 経済界から見た京都大学の課題はどのようにとらえていますか?

 アジアの大学最多のノーベル賞受賞者を輩出していることは「これまでの強み」であり、10年、20年先もそれを続けられるのかが「これからの課題」でしょう。これは、グローバル化の流れにいかに対応していくかとも深く関わっていると思います。
 グローバル化にもさまざまな側面があります。まず、賛否はあるでしょうが、フィナンシャルタイムズの高等教育グローバルランキングで、日本の大学はアジアの大学に大きく水をあけられている。ビジネス界で日本の地位が中国や新興国に取って代わられつつあることと同根というべきかもしれません。私たちは、これをどうするのか?
 もう一つはグローバル人材の育成です。一部の経営者は、英語教育だ、IT教育だと言われますが、真のグローバル人材とは、高い教養に裏づけられた総合力でもって地球的な課題の解決に取り組める人です。ここで言う教養は、ギリシャ・ローマ時代に起源を発するリベラルアーツに基づく深く広い知識と技(アート)のことです。
 その点、京都大学には前述したように長い歴史に裏打ちされた文化と知の鉱脈が至るところにある。学部の垣根を取り払いこれらの鉱脈を有機的に結合させ、よりインタラクティブな授業を増やし、人も研究も多様性と流動性を広げていくべきでしょう。創立125 周年記念事業の中でそうした取り組みをしっかり展開していただくことを期待しています。

Q 創立125 周年に寄せて、京都大学への期待や京大生への
  メッセージをお願いします。

 京都はベンチャースピリットにあふれる起業家を多く輩出した土地です。だから、産学連携が生まれやすい。街には海外からの留学生を惹きつける魅力もあります。「京都にある」というアドバンテージを競争力に代えない手はありません。山極壽一前総長が打ち出したWINDOW構想においてWILDやNOBLEなど一見相反する言葉がありますが、それらすべてが両立しているところが京都大学の不思議な魅力であり、その"らしさ"を「京都」という場とうまくコネクトしながら世界でのプレゼンスを高めてほしいですね。
 京大生には不確定要素が多く変動の激しいVUCAの時代を乗り切るたくましさを身につけ、正解のない問いに向き合うために自分の頭で徹底的に考え、そして分野を超え、地域を超えて人と人とのネットワークを広げてほしい。激動の時代こそ、若い世代が新たな時代を切り開くチャンスであり、目前に迫る飛躍の時に備えて力を蓄えてください。

VUCA(ブーカ)は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、
 Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語。

(取材日:2020年9月)