Vol.28 寄付者インタビュー

TANAKA TAKASHI 1957年大阪府生まれ。1979年京都大学工学部電気工学科卒業。1981年京都大学工学研究科電気工学第二専攻修了。同年国際電信電話(現KDDI)入社。1985年米国スタンフォード大学大学院電子工学専攻修了。国際電信電話会社入社後は、エンジニアとしての経験を積んだ。合併後は主にソリューション事業を担当。2003年執行役員、2007年取締役執行役員常務、2010年代表取締役執行役員専務、2010年代表取締役社長。2018年より現職。2021年よりアステラス製薬株式会社社外取締役。


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Q どんな京都大学時代を過ごされましたか?

 半世紀近く昔の高校生にとって京都大学の「自由の学風」は大きな憧れでした。京都大学に行けば何か楽しいことがあるという期待を持っていましたが、いざ入学してみれば、まさに自由の学風そのもの。先生も学生も互いに干渉せず、自らやりたいことを見つけて自ら学ぶ。すべて自分で考えるという点で、"大人"だったのですね。
 私の場合、遊ぶほうの自由ばかり謳歌して、"自遊"になってしまいましたが。自動車部での活動をはじめ、アルバイト、麻雀と勉強はそっちのけの日々。ものをつくることが好きで工学部を選んだ私にとっては、自動車の整備は楽しくて仕方ありませんでした。
 学部生生活を満喫しすぎてこのまま就職するのも気が引け、大学院に進学することにしました。無事に高い倍率を突破して合格、通信技術を専攻したものの、コーヒーのおいしい淹れ方を工夫したり、ルービックキューブの大会をしたり、研究室の思い出といえばそんなことばかり記憶に残っています。
 ちなみに、当時助教授だった松本紘元総長と同じ研究グループに所属していました。直接の指導教官ではなかったのですが、卒業してからおつきあいが始まりました。社会人になってスタンフォード大学に留学していた時、松本先生が来学され案内役を務めたことがあります。パワフルな方で、一晩中、テニスだ卓球だと振り回されました。大学時代の師弟関係は一生ものですから、今でも私はNO が言えません(笑)。

Q 京都大学で過ごしたことが今に活きている、
  京都大学でよかったと思うことはありますか?

 理系は分野が細かく分かれ、専門を深く追究することがほとんどですが、京都大学には世界トップレベルの研究者がいて、幅広い研究が行われています。せっかく京都大学にいるのだから、一つのことを突き詰めるのではなく、ウイングを広げていろいろな人たちと交流して視野を広げ、興味のあることはどんどん吸収していけばいい。そう考えて、所属する学部や研究室"以外"の学生や先生たちと積極的に交流していました。
 それが結果的に今に活きています。多様な分野に触れて得た知識が"応用"という形で役に立ちました。人脈は何よりの宝物で、困った時は誰かに聞けば教えてくれます。社長職にとってはありがたいことでした。
 一方で、交流するだけではなく、一流の研究者たちにもっと教えを乞えばよかったと思います。京都大学時代の半分は遊んでいましたが、その時間を勉学に振り向けていれば立派な人間になっていたでしょうね(笑)。

Q 社会人になって米国留学された経験を踏まえて、
  京都大学に期待することはありますか?

 前述のスタンフォード大学留学は入社3年後、社内の海外留学支援制度に応募して実現しました。「海外で暮らしみたい」という理由でしたが、京都大学時代のように「自由だ!」と思うと心の底から喜びがわきあがってきたものです。
 留学した1984年当時、日本にまだ接続されていなかったインターネットが、ほどなくしてつながるようになりました。世の中が変わっていくさまをアメリカにいて目の当たりにしたわけですが、アメリカは日本より10年くらい先を行っていました。
 留学の中で一番感銘を受けたのは、スタンフォード大学の「実学」重視です。起業することを大学自体が奨励し、必要な知識を授業で教え、ハンズオンの場もたくさんありました。結果、スタートアップ企業が成長すると大学に多額の寄付をする。そうした"エコシステム"ができていたんですね。
 政治経済の重要な役割を担う東海岸から遠く離れたシリコンバレーに、アントレプレナーを育成するスタンフォード大学があり、世界中の起業家が集まってくる。京都大学で勉強しなかった私が言うのもおこがましいですが、京都という町と京都大学がこんなふうになればいいと思っています。中央から離れた京都にはベンチャーから始まった特色ある企業も多い。加えて高い文化があり、伝統と革新が共存しています。十分に地の利はあります。東京の大学が官公庁や大企業と連携するのに対し、京都大学はアントレプレナー育成やベンチャー支援に力を入れたらいい。それだけの頭脳がそろっているのですから。
 KDDIでは、2011年からスタートアップ支援プログラムを展開しています。会社は大きくなるほどイノベーションが生まれにくくなるものですが、企業とコラボレーションし、スタートアップなどの"とがった"新しい考えを取り込むことでイノベーションを起こせるし、win-winの関係につながると考えています。
 こうした取り組みの中に、京都大学にもぜひ加わっていただきたい。外からの干渉を受けると研ぎ澄まされていたアイデアや個性が鈍ってしまうのを、自由で互いの"個"を尊重する学風が防いでいるという京都大学の強みは、企業にとっては大きな魅力です。
 卒業生は「京大はすごい」という話を聞きたい。古くてもいいものは守り、同時に新しいことにチャレンジし、さらに125年先も「やっぱりすごい」と言われる大学であってほしいと心から思います。

Q 最後に、京大生へのメッセージをお願いします。

 起業する人がもっと増えてほしいし、失敗した時は大学に戻って学び直しをすればいい。私自身、スタンフォード大学では睡眠時間を削って勉強し、1年でマスターを取得しましたが、社会人経験を積んでからの学びはまったく違います。働く中で感じた具体的な疑問にフォーカスでき、自分に何が足りないのかもある程度認識できています。リカレント教育は、起業や社会人経験を経た若い人にこそ、大きな価値を発揮するはず。失敗したら大学で学び直しをして再トライすることがきっと常識になる次の時代に向けて、どんどんチャレンジしてください。

(取材日:2022年1月)