Vol.26 寄付者インタビュー

SATO TSUTOMU 1955年三重県生まれ。1979年京都大学工学部金属加工学科卒業。和光証券(現・みずほ証券)を経て1988年にゴールドマン・サックス証券に債券チーフトレーダーとして入社。債券部門の収益貢献が認められて、1998年に米国本社パートナーに就任した。東京支店長を務め、2003年47歳の時に退社。以降、金融市場アナリストとして活躍。日米金利、株式、為替などの市場分析を手がけ、経済紙などへの寄稿や講演活動を行ってきた。

Q 京都大学時代の思い出などをお聞かせください。

 地元の三重県に残るつもりはないけれど、親に経済的負担はかけたくない。そんな思いから、関東の大学は選択肢になく、西日本の雄である京都大学を選びました。入学して「雑多だな」との第一印象を持ちました。関東に比べて地元の学生が少なく、各地から集まっていることが、京都大学のカルチャーに影響しているのかもしれません。私も一気に世界が広がった気がしました。
 実は1回生の10月に父が亡くなり、ますます母親に負担をかけられないと、あらゆるアルバイトをしました。部活動をしている暇はなかったし、住まいも下宿から寮へと引っ越しました。ちなみに、寮には学生運動を行っている人たちがいて、2~3度デモ活動につき合ったことがあります。私自身はノンポリ学生でしたが、今思えば貴重な経験ですね。
 社会人になると「学生時代にあれをやっておけばよかった」と思うことがありますが、一方で「だらだら過ごしてよかった」というのも正直なところ。そんなふうに過ごせる時代は、その後の人生にありません。しいて言えば、もっと英会話を勉強しておけばよかったと思うことはありますが、その程度ならいつになってもキャッチアップできるものです。くだらないことをしていた感はあっても、何かしらの糧になっているはずです。

Q 工学部を卒業して証券会社という畑違いの分野に進んだ理由は?

 エンジニアになるつもりはありませんでした。数学と理科が得意という理由だけで選んだ工学部でしたが、授業はおもしろいと思えないし、専門が細分化されている工学部は自分に合わない。自分はもっと広い世界が見たい。エンジニアになることは目指す未来じゃないと、早々に気づいてしまいました。
 1970年代後半、文系の就職先として商社、銀行、生命保険などが代表的でしたが、対象は経済学部や法学部に限られていました。理系は門前払いです。2~3 社に挑戦してみましたが、やはり不合格でした。どうしようかと思っていた時、工学部の就職掲示板に証券会社の求人を見つけ、受けてみたらすぐに内定をもらいました。それが和光証券(現・みずほ証券)です。その年、130 人ほど採用した中で理系は2人だけでした。債券や株の運用ノウハウを分析してシステムを構築するためには理系センスが必要だということで、採用を始めた年だったようです。いわば職種別採用ですね。
 1年目は債券売買の現場に配属されたのですが、私はどこを見込まれたのか、2年目からトレーダーのポジションを任されるようになりました。トレーダーは債券売買の仲介役で、売り・買い注文を受けてすばやく売買額を決定することが求められます。当時でさえ1回の最低額は10億円。ヘッドハンティングされて転職したゴールドマン・サックス証券では、2,000億円の注文を受けることもありました。自分のポジションにおいて損益をすばやく判断して、「売り」「買い」を決断できるかどうか。必要なのは度胸と相場の先読みです。日本人にもっとも向かない仕事だと思います。たまたま入社した証券会社でしたが、自分の個性と才能にマッチしたのでしょう。
 47歳で退職を決めたのは、現場を離れて刺激がなくなったこともありますが、日本企業の人より3倍は働いたという自負があり、もういいかな、と。以後は政治・経済アナリストとして活動しました。
 キャリアの中で築いた信念は「孤高を貫く」ことです。誰かに相談してできる仕事ではなく、自分一人で分析し判断していくしかありませんでしたから。人は聞きたい話だけ聞き、見たい光景だけ見ているものですが、それでは世界は狭められてしまう。私は広い関心と視点でつねに物事を考えてきたことが、判断力や決断力として活かされたのだと思います。

Q 創立125周年に寄せて、京都大学への期待や京大生への
  メッセージをお願いします。

 京都大学の一番の強みは「多様性」です。企業などとのさまざまなつながりに影響されないぶん、ピュアなアカデミックという点で多様性が育まれやすいのかもしれません。このことも含め京都大学には今のままでいてほしいですが、お願いするなら「発信力」の強化でしょうか。京都大学基金や創立125周年のことも、最近になるまで知りませんでした。地理的な不利を発信力と魅力づくりでカバーしてください。
 学生の皆さんには「群れるな」と申し上げたい。企業の中で群れていたら大きくはなれません。孤高の中で信念と決断力を磨いていただきたいと思います。

(取材日:2021年8月)


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