Vol.22 寄付者インタビュー

MORI MASAHIKO 1961年奈良県生まれ。1985年京都大学工学部卒業、同年伊藤忠商事に入社。1993年に森精機製作所(現DMG森精機)に入社。1994年取締役、1999年より現職。2003年東京大学学位(工学博士)取得。2009年には独ギルデマイスターと資本業務提携を締結。その他、社団法人日本工作機械工業会副会長、CIRP(国際生産加工アカデミー)フェロー、SME(米国生産技術者協会)フェロー。


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Q どんな京都大学時代を過ごされましたか?

 京都大学を選んだのは、奈良の実家から近く、高校からの進学者が多いというだけでなく、リベラルで"おもろい"人が多いというイメージが自分に合っていると思ったからです。霊長類研究の先駆者である今西錦司先生が創設された京都大学学士山岳会、日本で最も古い探検部、西部講堂のサブカルチャー、体制へのアンチな姿勢など、中高生にとってはそれらのすべてが恰好よく見えました。
 入学後は要領よく単位だけ取得して、遊び惚けていましたね。写真部に入部して撮影や現像に明け暮れ、夏休みと春休みには割安のチケットを入手してヨーロッパやオーストラリア巡りをしました。
 とはいえ、切削工学が専門の研究室に所属してからはまじめに実験に取り組み、実験室が利用できる順番が回ってくる夜11時くらいから旋盤を回したりしていました。車を持っていた私は先生の運転手として、地方に計測に出かけることもしばしばしでした。
 実は京大生時代、一番熱心に取り組んだのが英語の勉強です。英語は必ず必要になると考えていたので、当時、日本に数校しかなかったベルリッツに通い、夏休みには毎日朝から晩まで英語漬けでした。
 海外に興味を持ち、英語の必要性を感じるようになったのは、時代と育った環境が理由かもしれません。シルクロードの終着点・奈良は大陸文化に囲まれていたこと、子どもの頃は高度経済成長期であらゆることを欧米に学ぶ風潮があったこと、また家業において1970年代初めから機械を海外へ売るようになったこと、工作機械のオリジナルであるドイツやイギリスなどに思いをはせるようになったこと。さまざまな要因が重なっているのでしょう。

Q 大学院へ進学せず、総合商社に入社された経緯は?

 大学院進学と就職の両方を視野に入れていましたが、院試に落ちてしまいました。
 この時点では、家業に入り親と一緒に働く気持ちになれませんでした。そこで、欧州を舞台に技術を理解できる力と英語力が活かせる職場という理由で、伊藤忠商事への入社を決めました。
 念願どおり海外関係の仕事を任せてもらえるようになり、繊維機械の営業に携わりました。仕事は楽しかったけれど、サラリーマンをしていると組織の中での自分の限界が見えてきます。バブル崩壊後、商社はトレーディングから事業投資へとビジネスモデルのチェンジを図り始め、自分の所属する部署では成長が見込めませんでした。そんな折に父親が患ったこともあり、家業に戻ることにしました。結果的に、前職でのさまざまな経験が家業での海外展開などに活かされることになりました。

Q 京都大学で過ごしたことが今に活きている、
  京都大学でよかったと思うことはありますか?

 京都大学で得た財産の中で、人脈に勝るものはありません。私は機械系同窓会「京機会」の監事をしていますが、会員の勤める企業の多くが当社の"お客様"にあたり、ビジネス上の"きっかけづくり"など、多くの場面で助けられました。ありがたいことです。
  ほかにも京都大学でよかったと思うのは、海外で仕事をする際に、説明不要の大学名であることが一つ。学問の"目次"を知ったことも大きな収穫でしょう。学問の体系や各分野にどんな研究者がいるかがわかっていれば、必要に応じて勉強をしたり、先生にアクセスしたりできますから。
 同窓生だけでなく、京都大学との密接な関係も続いています。経営協議会学外委員や京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)の社外取締役など、貴重な経験を積むことができました。

Q 創立125 周年に寄せて、京都大学への期待や
  京大生へのメッセージをお願いします。

 若い頃から海外に興味を持ち、海外ビジネスを展開してきた経験から、博士号の重要性は身をもって知っています。共同研究をしていた先生方からも、「欧州で仕事をするのに博士号がないと様にならない」とよく言われていました。そこで、先生方の協力を得て、社長業の傍ら東京大学大学院で5年かけて研究をし、2003年に博士号を取得することができました。
 海外企業のビジネスパートナーは、博士号の有無によって大きく対応が変わります。グローバルに活躍するには博士号取得は必須で、海外企業ではそれだけ高いレベルの人たちが活躍しているのに、日本では企業サイドが博士号取得者の採用に前向きではなく、人材を活用できていないように思います。これでは世界的な競争力は衰えるばかりでしょう。
 当社では毎年社員2人を大学院に社会人入学させる制度を整備していますが、文系の博士号を増やすことが課題となっています。当社の日本人博士号取得者40人のすべてが工学なのに対して、ドイツ側は40人中30人が経済学や心理学、マーケティングなど文系の博士号です。ですから、京都大学には文系学部から毎年、一定数の博士号取得者を送り出す仕組みをつくってリードしていただきたいですね。毎年20人でもいい。その人たちの論文が英訳されれば、世界の大学ランキングはおのずと上がるでしょう。
 心理学博士の人事担当、マーケティング博士の広報担当など企業で活躍できる場はいくらでもあるはずですが、同時に、経営者層の意識を変えねばなりません。企業が採用に積極的になれば活躍の道が見え、進学率もあがるはずです。大学、企業それぞれの取り組みが重要だと思います。
 京大出身者の特徴として" 偉大なる二番手"が多いと感じています。「正しいことを言う」ことを大切にし、おもしろいことを優先し、自分の決めた道を楽しそうに歩いている。京都大学には今後もそういう人を育てていただきたい。そして京都大学自身も長い物には巻かれろという風潮に流されず、言うべきことは言い、独自の存在感を高めてほしいですね。
 資本主義が構造変化を迎えつつあり、ユニークな発想が必要な時代。東京から離れた地にあり、オリジナルな発想が得意な京都大学はいいポジションを占めている。そのプライオリティをぜひ活かしてください。

(取材日:2021年4月)