Vol.10 対談

上田 輝久さん UEDA TERUHISA

【略歴】
1957年 山口県岩国市生まれ
1980年 京都大学工学部工業化学科卒業
1982年 同大学院工学研究科修士課程修了
1982年 株式会社島津製作所入社
1995年 京都大学博士号(農学)取得
2000年10月 分析機器事業部LC 部長
2004年10月 分析計測事業部品質保証部長 兼 CS統括部専門部長
2007年6月  執行役員就任、分析計測事業部副事業部長
2008年4月  分析計測事業部副事業部長 兼 ライフサイエンス事業統括部長
2011年6月  取締役就任、分析計測事業部長
2013年6月  取締役常務執行役員就任、分析計測事業部長
2014年6月  取締役専務執行役員就任、分析計測事業部長
2015年6月  代表取締役社長(現職)

"おもしろそう"を追求するプロセスで
さまざまな産学協同を実現

山極私は総長就任後、「"おもろい"ことをやろう」と言い続けていますが、島津製作所の創業者である初代島津源蔵も二代目源蔵も、「枠にはまらない好奇心」や「未知のモノへの探究心」が旺盛だったそうですね。それが事業の牽引力となりました。
上田特に二代目は「日本のエジソン」と呼ばれ、海外の文献も文字は読めないけれど、絵から想像力を働かせて、数々の装置を発明していきました。
山極そうしたパイオニア精神が、医療用X 線装置の開発など、数々の"日本初"を生み出し、田中耕一さんというノーベル化学賞受賞者を輩出できたのでしょう。
一方で、発明のプロセスの中では、さまざまな研究者と協同していたとお聞きしました。
上田うまくいった最初の事例が、X線写真の撮影です。1895(明治28)年にレントゲン博士がX線を発見した翌年の1896(明治29)年、当時の第三高等学校の村岡範為馳教授と二代目源蔵が一緒に実験を繰り返し、X 線発見のわずか11ヵ月後にX線写真の撮影に成功しました。
山極産学連携の理想的な姿を、当時から実践されていたわけですね。
上田ええ。また、二代目源蔵は「科学は実学である」が信念で、新しい発見を学問だけで終わらせず、必ず実用化を目指していました。
山極発想や発見からモノをつくることが島津の原点だ、と。
上田研究者が発見して組み立てた理論やアイデアを形にするのが島津。完成した製品を産業界で活用してもらいながら、さらに改良を加え、さまざまな分野で活用の幅を広げていく。
これが島津の基本的な事業のやり方だと言えます。

従業員の個性を見出し
コミュニケーションを促す

山極偉大な創業者たちのパイオニア精神が息づくこの老舗企業の現社長として、どんなことを心がけていますか。
上田従業員の健康第一、そしてコミュニケーションがしやすくスキルアップを図れる職場環境をつくること。そういう環境でこそ、新しい事業も生まれると考えます。
現在、金曜日は「コミュニケーションデー」と称して、早く帰宅して外部の人たちと交流する機会を持つことを推奨しています。異分野の人との対話を通じて見聞を広げることで、新たな"気づき"を得る機会になると考えるからです。また、私自身ができる限り多くの従業員と接して個性を知り、それを生かせるような人材育成、人員配置を心がけています。
山極個性を見るためにどんなことを?
上田あらゆる機会を活用するようにしています。4月と10月の期頭には社長メッセージを発信していましたが、今年は若手技術者との対談を開催しました。また、管理職を対象にしたミーティングや懇親会を定期的に開催しており、今後も継続するつもりです。
山極すばらしいですね。ICT社会とはいえ、対面でのコミュニケーションでしか理解し合えないことも多いですから。今の学生については、"身体"を通じたコミュニケーションの欠如を危惧しています。
最近の学生は内向き志向が指摘されており、本学では2016年度に「おもろチャレンジ」という体験型海外渡航支援制度をつくりました。既存の留学ではなく、学生自らの企画による海外活動に対して奨学金を支給するというものです。30人の採用に対して昨年の応募は140人ほど、それも学部生や女子学生の応募が多くあり、実施の意味を感じました。
上田当社でも、若い社員を対象に海外武者修行を実施しています。世界各国に2年間滞在させ、異文化の中でのコミュニケーションの難しさや重要さを実感しながら、アイデアを磨いてもらうことが狙いで、これまでに40人ほど派遣しました。
山極上田社長ご自身も、アメリカへの赴任経験がおありですね。
上田赴任先は中西部のカンザス大学でした。同大学で教鞭をとっていた薬学の世界的権威、ヒグチ博士が「全米ナンバーワンの分析センターをつくりたい」と島津に持ちかけ、同大学と共同でつくった「島津カンザスリサーチラボラトリー」のマネージャーを務めました。
山極どんな苦労がありました?
上田異なる価値観の人たちのベクトルを合わせながら成果を出すというのは、大変なことでした。
ちなみに、カンザスは竜巻が多くて、ある時は野球ボール大の雹が降って車がボコボコになったことがあります。車にキズがつくと日本人は落ち込みますが、アメリカ人は安く買い換えられると買いに行く人もいて、こんなところでも違いを感じたものです。
山極私が経験したアフリカだと車は移動やモノを運ぶ道具なので、頑丈さが第一。車のフレームを2つ重ねたりしていました。車ひとつとっても、国によって需要の質が違うということですね。

イノベーションとは
社会の課題に対し、技術で貢献すること

山極イノベーションの必要性があらゆる場面で叫ばれ、国立大学に対してもイノベーションの創出が強く求められていますが、ではどうすればイノベーションが起こせるか、そこが課題でもあります。国立大学は長らく大学間競争を強いられてきましたが、海外も含め大学間の壁をなくし、学生と研究者との交流を盛んにしなければイノベーションは生まれないと思います。
御社では、外部研究者と情報交換する場として、海外にイノベーションセンターを整備されていますが、イノベーションに対するお考えはどのようなものでしょうか。
上田イノベーションとは社会の課題を解決するために、これまでになかった手法によって価値を創出し社会に役立てていくことです。当社の場合、その方法は、持てる技術を駆使して新しい製品やアプリケーションを生み出したり、新しい活用方法を見出すこと。そのために各地域のニーズを汲み取りながら、外部と積極的に協同する場をつくりたいと、アメリカやヨーロッパ、中国、シンガポールにイノベーションセンターを整備しました。
山極グローバルネットワークをつくってニーズへの感度を高める、と。
上田ええ。まずは世界の各地にどんな課題があるかを見極めたうえで、我々の持つ技術で解決できるテーマは何かという視点で考え、内容に応じて外部研究者と共同チームをつくっていきます。前提となる課題は、会議室で見つかるものではありませんから、従業員には現場に出て行くように言っています。

超高齢化、人生100年時代
日本の課題に立ち向かう

山極日本の課題はやはり、超高齢化社会、人生100年時代がキーワードでしょうか。今後、御社の注力する分野として「ヘルスケア」を挙げておられるのも、そういう背景ですか。
上田はい。今後、増加が予想されるアルツハイマー病などの認知症やがん、生活習慣病などに対して、当社の技術でどう貢献できるかがテーマとなっています。
株主から「認知症への取り組み」について質問が出たことがありますが、以前から認知症診断技術の開発を手がけており、田中耕一らの開発チームは、アルツハイマー病の原因とされるタンパク質をわずかな血液から高精度で検出できる技術を確立しました。
微量物質の測定に用いる分析装置と、医療用の画像診断装置の両方を持っているのは世界でも当社だけですから、そういった技術をいかに有効に活用するか、そこに注力していきたいと考えています。
山極病気を早期発見・治療して健康を維持する。その2点に尽きますね。
上田健康維持は特に食べ物に大きく左右されます。最近では、食品に機能性成分を含ませるなどの改良が急速に進んでいます。
宮崎県の名産品である金柑や日向夏などのかんきつ類に含まれる成分を分析して、健康との関係を明らかにするような共同研究にも取り組んでいます。
山極大量生産、大量消費から、質の良いものを少量生産の時代へ。これは産業のあり方にも関係してくるわけで、生産過程だけでなく、消費者のニーズを捉えていかないといけないということですね。
上田そう考えると、あらゆる分野で、ある意味イノベーションが起こっていると言えると思います。

メンタルヘルスから脳機能まで
分析計測技術は欠かせない

山極現在は人工知能(AI)を活用したイノベーションに注目が集まっていますが、医用画像診断機器などは、AIの活躍が期待できるジャンルではないですか。
上田その通りです。現在の診断は見るべきデータが膨大になっているにもかかわらず、医師が不足し患者が増加しており、画像診断にAI を活用してデータベースから知見を得る、という動きは急スピードで進んでいます。
山極一方で、AI に代表されるようにデータやエビデンスベースで物事が理解される時代になり、人間の主体性や主導性が見えにくくなりつつある。技術と人間がどう協働するかも考える必要があります。
上田そうですね。しかもデータでは見えないのが人の"こころ"ですから、当社ではヘルスケアとあわせてメンタルヘルス分野にも注力し、現在、血液検査によるうつ病診断技術の共同開発に取り組んでいます。診断も治療も難しいという現状を変えていきたいと思います。
山極最近では「マイクロバイオーム(微生物叢)」という言葉が注目されていますが、体内に住む膨大な微生物が精神疾患にも影響を及ぼしているという研究結果もあります。人間は自らの身体だけで存在しているのではなく、腸内細菌などの微生物との共生体ですから微生物の働きの解析も必要でしょう。
上田当社もすでに大学や乳業会社などと共同研究をしており、マイクロバイオームに関連する技術開発を進めています。
また、こういうことを突き詰めていくと、最後は脳の話になるのではないでしょうか。人間が不快、快適と感じるのは脳ですから、脳の機能解析が必要になってきます。
山極そのためには、脳を傷つけずに調べる非侵襲的な計測手法が不可欠ですから、技術や装置の進歩が欠かせません。
上田実は、当社には近赤外光を使って脳の活動状態を調べる装置があるんです。光を当てて脳表面の酸素状態を捉えるもので、医用機器として開発した製品ですが、最近は、おいしいものを食べた時の脳の反応を調べるために食品メーカーなどでも使われています。当社所属の女子テニス選手に装着して、いいスマッシュを打った時の脳の活動を見たこともあります。自動車メーカーが座席の快適性を調べたり、あるいは映画産業で観客がどんな場面で感動するのかを調べたりと、活用の範囲が広がっています。
現時点では、「こう考えた。反応した」という時に、脳のどの部分が活性化しているかは、ある程度わかるようになってきました。うつ病の診断にも保険点数がつくようになって検査に活用する病院も出てきており、将来的には認知症の検査などにも使われるようにしていきたいと思います。
山極 AIといえども脳の一部の機能を強化したものにすぎず、人間の脳はもっと違う多様な機能を持っていますから、今後、解析が進むことが楽しみですね。

島津の沿革をたどる展示品を眺めながら

京大と島津の"変人"の交流で
新たな発想を生み出そう

山極2017年は京都大学の未来にとってエポックな1年でした。指定国立大学法人に指定され、京大と京都府下の大学の東京における活動拠点となる京都アカデミアフォーラムを開設。また本学の"変な"教員を紹介する「京大変人講座」を開催するなど、さまざまなことがありました。
今後、指定国立大学法人としてオリジナルな産学連携を推し進め、東京で京都の文化・芸術・科学を発信し、京大らしい"変人"に"おもろい"ことをやってもらう。こうして、少し閉塞感のある学問界に風穴を開けて、自由な発想を楽しめる雰囲気をつくりたい。そこには企業にも参加してほしいと思っています。島津に"変人"はいませんか。
上田たくさんいますよ。お役に立てるかどうかはわかりませんが(笑)。
山極企業と京大との"変人"の交流で、常識外の発想が生まれるかもしれません。御社にはインターンシップのご協力もお願いしたいですね。
また、今後、生涯にわたって教育と就労を交互に行う「リカレント教育」の重要性が高まって、大学の果たすべき役割も大きくなると思いますが、御社に本学を大いに活用していただきたい。技術系の人にも文系の知識は必要です。日本や世界の政治経済の動きは早く、歴史の解釈も変わってきています。そうした知識は仕事にも生きるし、海外の人とのコミュニケーションにも大いに役立ちますよ。
上田ぜひお願いしたいです。当社はインターンシップの受け入れを積極的に実施していて、その後入社してくれる学生さんは、外国人も含まれています。また、共同研究を通して社員が大学で学位を取得するケースも増えています。私自身、アメリカ赴任中、留学に来られていた京大農学部の先生と親しくなり、帰国後、農学博士を取得した経験があるので、学位取得者には報奨金を出すなど、どんどん奨励しています。
大学、企業どちらの場所でもいい。社会と接点を持ち、異分野交流をすることで、豊かなアウトプットが可能になるはずです。
山極あらゆるものに、互いに刺激を与え合っていきましょう。本日はありがとうございました。

(対談日:2018年3月)

■ 島津製作所創業記念資料館 ■
創業者の初代・島津源蔵が居住し、約45年間、本店として使用した明治期の木造2階建ての建物を利用した資料館。
創業以来、製造販売してきた理化学器械、医療用X線装置や産業機器をはじめ事業活動に関連する歴史的な文献・資料などを常設展示し、島津製作所の歩みと日本の近代科学技術の発展過程を紹介している。
2011年4月、創業135年を記念してリニューアルをし、ストーリー・テーマに沿った展示、創業当時の雰囲気とその歴史を感じられる空間へと生まれ変わった。