Vol.12 研究プロジェクト始動に寄せて

髙坂 節三さん

KOSAKA SETSUZO 1936年京都府生まれ。1959年京都大学経済学部卒業、伊藤忠商事株式会社入社。1989年取締役、アメリカ会社執行副社長。1993年常務取締役、中南米総支配人。1999年栗田工業株式会社取締役会長。2011年財団法人日本漢字能力検定協会理事長。2013年公益財団法人日本漢字能力検定協会 代表理事。2015年代表理事 会長。2017年代表理事 会長兼理事長。その間、東京都教育委員、拓殖大学客員教授、独立行政法人大学評価・学位授与機構運営委員、外務省外務人事審議会委員、公益社団法人経済同友会幹事・諮問委員・憲法問題調査会委員長などを歴任。
主な著書に『教育委員になって知ったこと、考えたこと』、『経済人からみた日本国憲法』、『国際資源・環境論』、『昭和の宿命を見つめた眼−父・髙坂正顕と兄・髙坂正堯』。

2つのテーマで
3年間の研究プロジェクトを開始

 研究プロジェクトでは「ライフサイクルと漢字神経ネットワークの学際研究」と「人工知能(AI)による漢字・日本語学習研究」の2つのテーマについて、それぞれ医学研究科と情報学研究科が主体となって研究を進める。前者は漢字学習と脳機能の関連解明、後者は漢字学習支援策の提言が目標だ。
 協会の代表理事である髙坂節三氏は、今回のプロジェクト立ち上げに至る背景について、「語学力偏重と漢字・日本語学習の優先順位の低下に対する危機感、漢字学習を通した超高齢化社会への貢献、急速に研究が進むAI の活用」などを挙げる。
 現状への課題認識のもと、他大学との共同研究なども検討していたが、決め手となったのは京都大学がプロジェクトとして組織的に取り組むことだった。「なにより、京都に本部があるのですから、地元の京大とタッグを組むのが自然な流れでした」。

漢字学習が"生涯"にわたって
もたらす効果を検証する

 「漢字神経ネットワーク研究」は、超高齢化社会を迎えた日本で重要な課題となっている認知症予防としての漢字学習の可能性を検証する。学習期(学童期~青年期)と能力維持期(老年期)の2層を対象にし、"ライフサイクル"に焦点を当てることが特徴だ。
 老年期対象の研究では、高齢期の漢字学習が認知症の遅延にどんな効果をもたらすか確認する。これは理解できる話だが、なぜ学習期を対象にするのだろうか?
 実は、アメリカのある研究で、若い頃から「知的蓄え」がある人は、脳内でアルツハイマー病を発症しても、認知症の発症リスクを抑えられる可能性が提唱されている。漢字能力も「知的蓄え」の一つ。子どもの頃の漢字学習が脳機能にどんな影響を及ぼすのか。漢字能力は脳の活性化に効果があるのか。その実態の解明に挑むわけだ。
 「子どもの頃の学習が、生涯にわたって効果を及ぼすことが明らかにできれば、学習期からしっかり漢字教育をしよう、という気運が高まるかもしれない。そうなった時、京大との共同研究ということ自体にインパクトがあると考えています」。

すべて"手書き"のビッグデータを
AIを活用して、社会に有益な情報として還元

 協会は、累計受検者数4,000万人の "手書き"解答データを保有している。「宝とも言える"ビッグデータ" です。それに、検定や学習支援活動を通じて蓄積されたノウハウや材料も持っている。これらのデータを分析して、社会に有益な情報として還元したい、というのが当協会の願いでした」。
 一方、京大は自然言語処理研究の伝統を持ち、近年ではAIによるディープランニングを活用した文字認識やテキスト解析にも取り組んでいる。
 協会が保有するデータを京大のコーパス(言語資料)や解析システムを活用して分析することで、語彙難易度の指標化や誤答分類、学習者レベルに応じた妥当性の高い学習指針の提供を目指す。
 「私たちのデータと京大の知を組み合わせることで、有効活用する方法を検討したいと考えています」。
 また、京大生時代に囲碁の学生大会で日本一に輝いたこともある髙坂代表理事は、囲碁・将棋界が早くからAIに対する危機感を持っていたのを目の当たりにし、AIへの対応の必要性を感じていたという。
 「AIの登場は、各界に変化をもたらしており、私たちの業界への影響も検討しなければならない。そういう意味でも、AIに関して京大と共同研究できるのは絶好の機会です」。

同窓生としても
京都大学との連携に期待

 髙坂代表理事が卒業した昭和34年の経済学部卒業生たちは、その卒年にちなんで「山紫会」と名づけた同窓会を、2カ月に1回、東京と大阪で開催している。このほか合同同窓会や名所旧跡を訪ねる会など、さまざまな企画を実施。「皆が集まれば、"京大でよかった"と口をそろえます」。
 髙坂代表理事の父と兄は、哲学者の正顕氏と国際政治家の正堯氏。京大で学び、京大の教授を務めたおふたりだ。「優秀だった兄といつも比べられて、その存在が疎ましかった」と言うものの、正堯氏が亡くなって20年経つ今も、ゼミ生でつくる「髙坂会」に髙坂代表理事も招待され、60人から80人は集まる。「各界で活躍する錚々たるメンバーばかり。そういうつながりが連綿と続き、若い人が参加してそこで人脈を広げていくのは、すばらしいと思います」。
 世代を超えて"京大で過ごした"人々が集い、ネットワークを広げることが京大の"芯" を太くする、というのが髙坂代表理事の考えだ。
 「個人的にも思い出の多い京大と研究プロジェクトを行うことは、感慨深いものがあります。今後の進捗に大いに期待しています」。

(開催日:2017年11月)