Vol.14 卒業生×在学生 座談会

山本 典正さん

YAMAMOTO NORIMASA 1978年和歌山県生まれ。2003年京都大学経済学部卒業。東京のベンチャー企業を経て実家の酒蔵に入る。大手酒造メーカーからの委託生産や廉価な紙パック酒に依存していた収益構造に危機感を覚え、日本酒業界としては他に類を見ない革新的な組織づくりをするとともに、自社ブランドの開発・販売に尽力する。一方、全国の若手蔵元の協力のもと、日本酒試飲会「若手の夜明け」を立ち上げた。
著書『ものづくりの理想郷』(dZERO)、『メイドンジャパンをぼくらが世界へ』(山田敏夫共著、dZERO)。

社員の意識改革を進め
高品質な日本酒造りへの転換を図る

徳賀私は最近長寿企業に関心を持っていますが、長寿の秘訣は社会の変化に即して絶えず革新を続けていることです。平和酒造さんはあと10年で創業100年の仲間入りをされますが、これから先を長い目で捉えて、組織改革や酒造りに切り込んでこられました。
山本日本酒市場はここ45年で3割にまで縮小してしまった、典型的な右肩下がりの業界です。しかも私が家業に戻った2004年頃は、廉価な紙パック酒に依存する状況でした。危機感を覚えた私が「良いお酒をつくろう」と言っても、社員の反応は「今も良いお酒をつくっているのに」。
先細りの業界の中で生き延びるには、高品質なものづくりは必須で、世の中にはもっとおいしいお酒があって、自分たちの商品がどのレベルに達しているのか、考えなければなりません。ですから、働く人たちの意識を変えることから始めることにしました。
徳賀どんな方法を採ったのですか。
山本まず、酒蔵としては珍しい大学・大学院の新卒採用を行うことにしました。ものづくりへの情熱のある人を採用することで職場全体の雰囲気が変わること、さらに我々が思いつかないような付加価値を生み出してくれることを期待したからです。
2005年から始め、多い時には2,000人もの応募がありました。酒造りの厳しい労働環境もディスクローズして、それでもやる気のある人を採用したものの、1年も経たないうちに辞めていきました。

徳賀何が原因だったのでしょう。
山本やる気のある人たちがやりがいを感じられる組織づくりができていなかったのです。
酒造りの花形とされる麹づくりは、杜氏やベテランの蔵人だけが行って新人は関わらせてもらえないなど、職人の世界は「技術は盗むもの」という風潮が残っています。でも、若い人には通用しません。特に、IT 社会に生まれ育った人たちはジャッジが早く、5 年は下積みだと言われたらさっさと見切りをつけます。
徳賀その状況にどのようにメスを入れたのですか。
山本杜氏たちを説得してマニュアルをつくり、データを共有できるようにしました。
酒造りは職人の勘と経験に負う部分が多いものの、ノウハウを明示化して新人は何を学べ、杜氏は何を教えるのか明確にし、ゴールがわかるようにしました。
徳賀暗黙知から形式知への転換ですね。
山本ええ。"マニュアル"というと機械の一部になるようなマイナスのイメージを持たれることも多いですが、マニュアルというのはあくまで標準操作を示したものにすぎません。
急激に気温が下がると当然水温も低くなり、米の中に水が浸透するスピードが遅くなるため、杜氏は浸水時間を長くすると判断します。知識を持たない蔵人は杜氏の指示に従うしかありません。
でも、標準操作やデータを全員が共有していたらどうでしょう。杜氏の指示の意味が理解でき、作業内容は同じでも、作業に対する意味が生じます。作業の意味が「見える化」されることで、仕事に対する意識も変わります。
徳賀いろいろな仕事に通用することですね。ただ、多くの部分を標準化しても、プロフェッショナルな判断が必要な場面は残るのでは?
山本実は年間5~6本をコンテストに出品するのですが、2本は杜氏がつくり、残りは杜氏の手を借りず蔵人だけでつくらせています。これは、自分たちで酒造りを行いながら話し合い、判断してもらうため。失敗しながらでも、自ら答えを見つけることを求めています。
徳賀コンテストの結果はいかかですか。
山本両方をブラインド・テイスティングした結果、最初の2年はなんと蔵人仕込みが選ばれ、金賞を受賞しました。杜氏たちも刺激を受けて技術を磨き、続く2年は杜氏仕込みで受賞しています。

学生たちの「おもろチャレンジ」
中国茶とウイスキーを題材に探訪

徳賀今度は学生さんにお伺いします。どんな「おもろチャレンジ」をされたのですか。
磯貝私は中国茶の資格取得に向けて勉強しているので、中国でなぜお茶が普及しているかを調査しようと台北、広州、香港など6つの茶の"聖地"を巡ってきました。
徳賀普及している理由は見つかりましたか。
磯貝国が販売方法を管理するなど普及体制を整えていることが大きな理由です。加えて、山本さんから標準操作の話がありましたが、資格制度も一つの標準を決めることであり、私のような海外の人間にもわかる制度があるからこそ、中国茶がここまで普及していると感じました。
でも、同じ茶葉でも、知識として知っているのとは全く違う味もたくさんあって驚きでした。標準化によって入口には入りやすくなるけれど、一歩踏み入れると奥深い世界が待っている。それが楽しかったです。
徳賀お茶を飲む文化について、日中の違いは感じましたか。
磯貝中国は、茶器にしても土器からガラス製へと変革していますが、日本は伝統を継承することに重きを置く傾向があります。
徳賀なるほど。『三国志』には、数万の兵が対峙してまさに戦う直前、敵対する大将同士が向き合ってお茶を飲みながら話す場面があります。"茶を飲む"ことの意味や重さが違っていておもしろいですね。
川崎さんは何をされたのですか。
川崎私は英国スコットランドのアイラ島にあるラフロイグというウイスキー蒸留所を訪れました。私は工学部なので製造業に関する講義も多いのですが、日本の製造業が競争力を失い、海外製品のほうがステイタスが高かったりする状況について、ブランド戦略の弱さが原因だと考えていました。そこで、世界でブランド化に成功している例を調査することにし、自分の好きなウイスキーを選びました。ラフロイグは、世界でもっとも有名なウイスキーの一つです。
徳賀彼らはどのように製造していましたか。
川崎付加価値化のために、何を守り何を変えるかを明確に分けていました。発酵作業やボトリングは最新設備で制御しているのに対し、泥炭(ピート)を使って麦を燻製にするところは、人がスコップでピートを掘り起こしています。ピートに含まれる油が逃げずに、うまく燻製できるそうです。
さらに、コアなファンに対してのサービスを徹底していて、顧客のロイヤリティを高めるための工夫を行っています。高品質なものづくりは大前提として、どんな顧客にどのように売るかがいかに重要かを感じました。

日本酒業界の未来に向けて
仕掛けていくことは?

徳賀それぞれのチャレンジを踏まえて、学生さんから山本さんにお聞きしたいことは?
川崎「紀土」は誰にどのように飲んでもらうことをイメージしているのでしょうか。
山本おいしいものを食べ楽しく語らい、幸せな時間だったと思うその時に、紀土があればいいな、と。でも、場面を限定してほしくない気持ちもあります。和食のお店で年配の方が飲むという固定観念がいまだに根強いですから。いろんな場面で楽しんでほしい。
磯貝日本酒業界を盛り上げようとする中で、何が弊害だと思われますか。
川崎私もそれをお聞きしたいです。日本の酒蔵も見学したのですが、日本酒だってポテンシャルは高いのに、なぜ海外での知名度が低いのだろうと疑問に思いました。
山本一番の理由は、先ほども申し上げたように国内ではいまだに固定観念に縛られ、価値が低いことです。それは大手酒造メーカーが原因である部分も大きくて、庶民的といったイメージのTV-CMも多い。大手の意識改革のために、我々中小の酒造から仕掛けていっている状況と言えます。
川崎日本酒業界の未来をどう見ているのでしょうか。
山本悲観はしていません。高品質な日本酒はすでに、国際的な競争力がある。日本酒はおしゃれな飲み物という認識が広がりつつあり、ニューヨークのイベント等で振舞われることも増えています。ですから、高品質なものづくりと同時に、日本酒の魅力をもっと積極的に発信していかなければなりません。
私は、日本酒とワインの味わいに遜色はないと思っています。フランス1 国の年間ワイン輸出金額は8,000億円、対して日本酒はわずか180億円ですが、もしフランスの3分の1まで伸ばすことができれば、これはすごいことです。日本酒はすべての原料が日本で賄えるのですから。しかも生産地である地方の活性化につながる。こんなに夢のある産業はありません。
磯貝組織改革と高品質なものづくりを成功させ、今度はどんなことに挑戦されているのでしょうか。
山本新たな飲み手の開拓です。日本酒のメイン消費者は60~70代で、 "売る"ことを考えればその層に対しマーケティングすべきです。でも、当蔵は将来を見据え、ブルー・オーシャン、つまり若い人と海外の人を狙いたい。
徳賀川崎さんもおっしゃっていた"どう売るか"については?
山本体験し、魅力に気づいてもらう」ことを重視して、さまざまなイベントを開催し、月1回は海外での日本酒プロモーションに力を入れています。

座談会前に3人で時計台前にある歴史展示室を見学

世界での経験を通して、
日本の価値を見直そう

徳賀山本さんは現在、京都大学経営管理大学院でMBAの取得を目指してビジネス・リーダーシッププログラムを受講しているそうですが、これも将来を見据えてですか。
山本はい。一酒蔵として高品質なものづくりへの転換は図れたとはいえ、ゴールではありません。当蔵は、日本酒業界のフロンティアを走る蔵でありたいし、日本酒は日本の大切な資産だという自負があるからこそ、日本酒業界に貢献できるような取り組みをしていきたい。そのための自分磨きだと考えています。
徳賀ある経営思想家が著書の中で、中規模企業で圧倒的な世界シェアを占める企業の強さの理由として、「世界地図の中でものごとを考える」ことを挙げています。山本さんが目指すのもそういう企業なのかなという気がします。
山本日本酒業界ではもはやビッグビジネスをつくることは難しい。だからこそ、サイズ感は大きくなくても世界を舞台にしながら、業界に刺激を与えられる触媒のような酒蔵になりたいと考えています。
徳賀最後に学生さんへのメッセージをお願いします。
山本「おもろチャレンジ」のようなすばらしいチャンスを逃す手はありません。10年後、20年後はさらに国際化が進むのは確実ですから、大学生のうちに国際感覚を養うことはマストです。
その中で大切にしてほしいのは、海外体験を通して、日本の強み、価値は何かを考えることです。海外のものを見て「すばらしかった」で終わるのではなく、「では、日本は?」と問い直してください。きっといろいろな気づきがあるはずです。そうした経験や思考を通して地力を磨き、自らの価値アップを図ってください。

(開催日:2018年6月)