Vol.20 対談

小島 啓二  こじま けいじ

1956年東京都生まれ。
1982年京都大学大学院理学研究科修了、2005年大阪大学大学院博士課程情報科学修了。
1982年日立製作所入社。1989~1990年は共同研究のためカーネギーメロン大学に派遣され、1996年~1999年は米国日立コンピュータプロダクツに出向。
2008年中央研究所長、2011年日立研究所長、2012年執行役常務、2016年執行役専務 サービス&プラットフォームビジネスユニットCEO、2018年執行役副社長 社長補佐、2020年ライフ事業統括本部長を兼務、2021年4月ヘルスケア事業成長戦略本部長を兼務。2021年6月より現職。

外国人研究者のガイド役を務めて
京都のおもしろさに目覚めた大学院時代

今年6月、本学と包括連携協定を締結している日立製作所の社長に就任された小島さんに、京都大学時代のことや京都大学への期待などについてお聞きできればと思います。
京都大学時代にはどんな思い出がありますか。
小島2歳上の兄が京都大学理学部の数学専攻だったことから私も同じ分野に進んだのですが、純粋数学の先生にお会いするにつれ、間違った学部学科を選んだと気づきました。頭の出来がまったく違う。ですから、私は進学するつもりはなく、企業から内定ももらっていたんです。兄は大学に残って助手になっていたので、経済的な側面も含めてリスクは分散したほうがいいという思いもありました。
そんな時、お世話になっていた先生が留学から帰国され、「もう少し大学生をやればいい」と引き留めてくださったので心を決め、留年して数理解析研究所に進学しました。

全国共同利用研究所である数理研は海外の研究者の訪問滞在が多く、車を持っていた私は先生からの依頼で外国人研究者をしょっちゅう京都案内にお連れしていました。海外の方からの思いもよらない質問が新しい発見につながったりして、「京都っておもしろいところだな」と気づかされました。
同時に先生からは英語を勉強するようプレッシャーをかけられ、英会話教室に自費で通いました。大学院時代の思い出といえば、外国人の京都案内と英会話の勉強という、変わった生活を送っていたことです。
当時は無茶ぶりをしてくる先生も多かったですよね。私も経験がありますが、その無茶ぶりが何かしら気づきの引き金になることがありました。
小島会社に入ってからも無茶ぶりする上司が多かったですが、抵抗力がついていた点では非常に役立ちましたね。

研究者出身の経営者の強みは
違う視点、発想で考えられること

小島さんは日立製作所に入社されてから研究畑を歩んでこられていますが、ある時点から経営に携わるようになった時はどんなお気持ちでしたか。
小島京都大学のアイデンティティでもある「研究」という二文字には思い入れを持っていましたから、やはり寂しさはありました。
研究者出身の経営者には、どのような強みがあるのでしょう。
小島ここ数年、ダボス会議に参加していますが、海外を中心に研究者出身の企業トップが増えている印象があります。GDPが右肩上がりの時代は、普通に商売をしていれば企業も成長できたし、出てきた課題を確実に解決していくことが、経営者に求められるスキルでした。しかし、課題が多様化・複雑化する現在は目の前の課題に向き合うだけでなく、課題を先取りして新しいことをしなければ、企業は生き残れません。「違う発想で考えられる」という理由で研究者をトップに据える側面はあるのでしょう。
最先端分野を開拓していく企業に求められる経営には、サイエンスの感性が必要なのかもしれません。
小島 重要なのは「先入観なしに」ということだと思います。周囲で言われていることを容易に信じるのではなく、本当に信頼できるのか、本質は何か、という視点で考えるセンスが経営に求められる時代が到来したということでしょう。
今までとは違う切り口で物事を見る感性は、京都大学が昔から大切にしてきたことです。
小島そのとおりだと思います。「京大らしさ」は人によってさまざまな定義があるでしょうが、多くの人が「京大らしくない」と思うことは「画一的」とか「忖度」といった言葉に通じる部分ですからね。

京都大学に求められる役割は
誰も認識していないことの本質に迫ること

小島多くの課題が現出する現在において、当社はいくつかの大学と連携して共同ラボを開設し、さまざまなテーマを設定して研究を行っています。日立東大ラボでは、エネルギー問題などすでに顕在化している課題の解決をテーマにしています。
社会課題として周知されているようなテーマですね。
小島一方で、京都大学ともラボを開設するにあたっては、京都大学には現実社会の課題解決はなじまないと考えました。世の中ですでに話題になっていることや、我々が見えていると思っているようなこと"以外"に本質があるのではないかと考えることこそが、日立京大ラボならではの役割ではないか、と。

ぜひ、日立京大ラボでしかできないテーマに取り組んでいただきたいと思います。
私自身が最近気になっているのは高齢化の問題です。ボディブローのようにじわじわと効いてくるのではないか。気がつかないうちに進む事象は、よほど意識的に対応しなければ取り返しのつかないことになります。
小島高齢化が引き起こす現象に対して対策を考えるのは日立東大ラボが行うことであり、日立京大ラボでは、起きる現象は現象として、その本質がどこにあるのか考え、本質部分に手を打つための議論ができればと考えています。
非常に心強いですね。
驚くべきことに、2000年以降に生まれた子どもたちの約半数は107歳まで生きることになるという試算があります。確実にやってくる人生100年時代、アセットの担保など物理的なことはもちろん、対応すべきことは山積みです。なかでも重要なのが、ライフステージの見直しです。教育を担う大学、人生の主たる部分を過ごす企業においても対応が必要になりますが、ポイントとなるのが「フレキシビリティ」の保証だと考えています。
日本ではライフステージが硬直的で、18歳で大学に入学し、一斉に就職してほぼ同じ年齢で定年を迎えます。大学入学が1年遅れただけで大騒ぎです。でも、その区切りはだんだん意味をなさなくなるでしょう。もっと個人のモチベーションや価値観に応じた学び方や働き方を認めたり、定年後にもう一度何かを始める「リ・クリエーション」のようなシステムを導入したり、よりフレキシビリティのある対応が必要ではないでしょうか。
小島人生が長くなることによって、今までは時間的、空間的に区別されていたものが一緒になる、ということがさまざまな場面で起こってくると思います。現在、新型コロナによってテレワークなどの導入が進み、自宅と会社の生活が重なるようになってきましたが、今後さらに学校、職場、自宅のすべての差がなくなってマージ(融合)が起きてくるかもしれません。
高齢化問題に関しては、世代間の差を埋める必要があるでしょう。相続も一例で、個人金融資産は大半が預貯金として眠っているのですから、早く次世代に引き継がなければ日本経済は回っていきません。
なるほど。あらゆる境界が明確でなくなるわけですね。
小島高齢化は人間の生活を根本から変えるのかもしれません。
人類が新しい領域に突入していく未来に対して、日立京大ラボらしいテーマに取り組んでいただけることを期待しています。
小島企業にとっては対症療法的なところでまず稼ぐ、ということが重要なのですが、それだけをやっていてもイノベーションは生まれないし、本質を解決することにはなりません。
日本はデジタル化が遅れ、さまざまな面でビハインドを負っていると指摘されていますが、本質を突き詰めて手を打つことができれば未来を変えることができるかもしれない。その中心にあるのは「京大的スタンス」であると、私は考えています。

ほうっておかれる環境の中で
想像がつかないことに挑戦しよう

個人的な関心事なのですが、ハード面のインフラは身近に感じる一方、ITへの苦手意識がある私のような人間には、ハードとデジタルの融合や両立は非常に気になる点です。御社はその2つのバランスについてはどのように考えておられるのでしょうか。
小島企業は3種類に分かれると思っています。モノをつくる「ピュア・ハード」、IT 企業に代表される「ピュア・デジタル」、そしてハードとデジタルの両方を扱う「サイバー・フィジカル」です。当社はもちろん3つめを目指し、それぞれのスキルをうまく融合させていきたいと考えています。

デジタルに偏りすぎるのは好ましくありません。デジタル化という点においては、IT企業に勝てないからです。私はデジタルという世界で勝つ会社は、アメリカからしか出ないと思っています。アメリカはデジタル界でイノベーションが起きた時、ある程度自由にさせてくれます。中国は政府がイノベーションを制御しようとし、ヨーロッパは先に規制して標準化を図ろうとします。日本も相当規制は多い。ですから、日本発の企業としては、リアルとデジタルのバランスで勝負する形でなければ、世界ではやっていけないと考えています。
私などは情報やお金が回っているよりも、ちゃんとモノが回っているほうが安心できますね。
小島世の中が大きく変わるのは、やはりリアル側です。生命科学や材料分野など、世の中のベースになっているところでイノベーションが起きるのは、一番インパクトも強い。イノベーションをアクセラレートしていく点ではデジタルはすぐれていますが、ベースとなるのはリアル側、ハード面でのイノベーションだと考えています。
そうお聞きすると安心します。
ジャレド・ダイアモンドというアメリカの進化生物学者・生理学者は、「必要は発明の母ではなく、発明が必要の母である」と言っています。必要に迫られて発明するのではなく、最初に発見があって、何に使えるだろうと試行錯誤することによって使い道が見つかる、というケースがほとんどではないでしょうか。ベースとなるサイエンスに進歩があれば、何かしらのイノベーションにつながるのかもしれません。
個人的な興味の話題におつきあいいただきありがとうございました。
最後に、学生へのメッセージをお願いします。日立製作所社長の言葉ということで、学生にも大きく響くと思います。
小島忖度なく、思い込みなく、いろんなことをフラットに見て考えようとするマインドは京都大学の大きな強みだと思います。
京都大学の先生には、教育システムの中で自分の考えを押し付けて弟子を育てる、という人はいません。ほったらかしておいて時々助ける、という感じですよね。これも固定観念や思い込みをつくらないシステムなのかな、と勝手に想像しています。ほどよくほったらかしておいてくれるのだから、学生は先生にがんがん質問しに行って、先生の力を大いに活用すればいいと思います。
そして、世の中で言われていることは疑い、言われていないことに目を向け、つねに本質を考えてください。こういう人材こそ、企業や社会は求めているのですから。
そうしたら日立も採用してくれる、と(笑)。本日はどうもありがとうございました。




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株式会社日立製作所 代表執行役 執行役社長兼COO
小島 啓二さんへのQ&A


これまでの研究者人生や、研究者として大切にしていることをお聞きしました。

ご自身が立ち上げられたLumada※事業の開発にまつわるエピソードや、その中で大切にしていた信念、心がけていたことなどがありましたらお聞かせください。
海外のメンバーとも協力しながら2016年に立ち上げましたが、当初から強く意識していたのは、Lumadaを1つのソフトウェアやコンピューターのOS のような製品として展開するのではなく、さまざまなお客さまとのユースケース(取り組み事例)の集合体とすることでした。だからこそ、いわゆるOSを想起させる「~X」というネーミングも避けました。これはプラットフォームをしっかりつくって、その上にアプリを載せてという通常のやり方とは逆のアプローチです。当初は社内からも理解されず、「Lumada の価格表をくれ」と何回も言われましたが、今では社内外での理解も進み、Lumada は1 兆円を超えるビジネスに成長しました。時に周囲にすぐに理解されなくても、数年・数十年後のビジョンを持ち、そこからバックキャストした考えをぶれずに示し続けることが、リーダーにとっては重要です。
※ Lumada:お客様のデータから価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するための、日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション/サービス/テクノロジーの総称。Lumadaは" lluminate(照らす・解明する・輝かせる)"と"Data(データ)"を組み合わせた造語。

京都大学院時代は外国人研究者のガイド役を務め、また日立製作所では海外勤務を多く経験されています。そうした多様な方との出会いを含め海外での経験が、ご自身の発想や思考プロセスに影響を与えることはありましたか。
シリコンバレー駐在時、米国のベンチャー企業との共同開発プロジェクトに日本側の開発リーダーとして、3年間参画しました。ベンチャー側の銀行口座にいくら残っているかというスリルも感じつつ、技術開発だけでなくいろいろな経験をし、ジェットコースターに乗っているような感覚でした。研究者としては研究に没頭できることが一番だと思いますが、外の世界や多様な価値観に触れることで「さまざまな経験を楽しみ、成長しよう」というマインドになります。私が研究者でありながら経営者としてキャリアを積むことができたのは、京都大学の頃から外を向いて、何事も楽しんできた経験が生きているかもしれません。

新たな発想を生み出すために心がけていることや、スランプからの脱却方法などがありましたらお聞かせください。
私が尊敬する日立の先輩の「製品がコモディティ化してきたと嘆くのは無能な経営者。そう思ったらイノベーションを起こせ」という言葉は、座右の銘である「有言実行」と合わせて私にとっての道しるべです。イノベーションを起こすため、グローバルイベントの定点観測や、イノベーティブな事案の当事者へのアクセスなどをつねに行い、トレンドや変化をキャッチするよう心がけています。また、学生時代に声楽を習っていたこともあり音楽はジャンルを問わず好きですので、自宅のオーディオルームは、リラックスし自分を取り戻すための大切な場所です。

(開催日:2021年8月)